「神戸ニニンガ日誌」(第3,515号)
○本を読む。本は紙を束ねて冊子状にし、そこの活字を読むものだ。昨今、デジタル化が進み、本が読まれなくなったという。実際に2013年をピークに出版点数が減り続けている。新聞も2008年に世帯あたり部数が1を割り、現在は1世帯あたり0.4部である。
○事程左様に本はぐんぐん読まれなくなっているが、さのみ今更驚くこともない。電車内では犬もお玉もスマホスマホである。天邪鬼で意固地で反体制派な私は電車内でも新聞や本を読む。本は兎も角、新聞を広げているのは私だけだ。
○私は何故本を読むのか。理由のひとつは成人するまでほぼ何も読まずにいたことの反省と劣等感だ。そして裸眼でも文字が読める老眼であること。理由のもうひとつは「独り」になれることだ。スマホは独り感が薄い。私は独りになりたいんだ。私を独りにしておくれ。
○私もかつて定期購読していた「日本古書通信」が年内で終刊するという。遂に終わるのか。あの古書目録は宝探し的な喜びに満ちていた。今は定期購読者ではないが、たいへんに寂しい。
○9日まで読書週間。
ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。