卒業

テーマ:
12月ですねー
スキー場にも、ようやく雪の便りが届き
初滑りを終えた方も多いのではないでしょうか。

突然ですが私、卒業しました。

あなたは冷めない夢を見た事がありますか?

私は北海道の北の町、士別市という
人口3万人ぐらいの小さな町に生まれました。

冬はマイナス30度以上になると学校がお休みになるほどの極寒の町です。

小学校1年生から冬の体育の授業でスキーがあり、学校の校庭でスキーを履いて歩く、そんな冬を過ごしていました。

3、4年生になると学田スキー場という
小さなスキー場でスキー授業があり、夢中になって滑っていました。

友達に石川、スゲー上手いなって言われて
うっそー、本当?スキーに夢中になりすぎていて
自分のレベルなんてわからない。でも褒められると嬉しいなー なんて思いながら、、、、

5年生の時にワールドCUPスキー富良野大会があり、中継テレビを見て、完全にノックアウトされました。

スゲーカッコイイ!俺これに出たい!これを将来の仕事にしたい!と親父に言ったら、怒られて、これで生活できるわけねーだろーの一言。

その時に見たハンスヒンターゼア、グスタボトエニの滑りに完全に魅了されて、木の枝を立てて
ポールに見立てて練習しました。

6年生からは中学校のスキー部に混ぜてもらったり、隣町の和寒東山スキー場で和寒レーシングに混ぜてもらいながら、年間130日滑走を目標にひたすら夢を追いかけました。

中学校、高校、大学1年までアルペンレースを経験し、その後モーグルスキーに転向しました。

1991年にようやく契約でお金をいただけるようになり、毎週忙しく全国各地を飛び回りました。


1999年だったと思いますが、志賀高原で自分が大会実行委員長兼選手をやったCORE XーGAMEで前年のジャパンフリーライドオープンに続き、BIGAIR、デュアルモーグル、そして
日本初のスキークロス大会をやりました。

その時にある男と再会しました。

その名は秋庭将之。

何年ぶりでしょうか?

二人は意気投合して、これからのスキークロスを盛り上げようよ!


アメリカのXーGAMEスキークロスに出るために
一緒にスコーバレーのクオリファイに行きました。


本場はなかなか手強く、自分は予選落ち
秋庭氏は翌年XーGAME本線に出場しました。


その後、彼がもっと納得いくスキーが作りたいという思いで、VECTORGLIDEを立ち上げると話を聞き、俺も協力するよ!の一言で
私もVECTORGLIDEへ移籍しました。

最初に彼から送られてきたスキーは現在も
ラインナップにあるフラッグシップモデルのCORDOVA190cm。

子供の時に夢見た、ヒンターゼアやトエニのようにどんな急斜面や雪質でも攻撃的に滑る事ができるスキー。

この人凄い、センスあるわー 天職だなって感動しました。

それから15年間CORDOVAやその他沢山のVECTORGLIDEに乗せてもらい、ずーと夢を見ながらヒンターゼアのようにパウダーを滑っているな、トエニのようにツリーランしてるなって夢を見ていました。


現在、自分も53才になって、今後の夢の続を考えた時、もう一度子供の時のワクワクしたスキーヤーに戻りたい。シーズン前のSkierカタログ号を擦り切れるまで読み、今年はどんなスキーに乗ろうかな?こんなBINDINGつけたらどうかな?と楽しみたいなと思うようになりました。


この思いを受け入れてもらい、VECTORGLIDEファミリーを卒業する事に致しました。


これからのVECTORGLIDEのスキー作りに期待して応援して行きたいと思います。


今後とも両者共に冷めない夢を追い続けると思いますので、どうかスキー場でお会いした時には
よろしくおねがいいたします。



BUMPS代表 石川 睦