文化
今日の若者の生きづらさ
安心できる居場所を求めて多様な人が励ましと支援を/筑波大学人文社会系教授 土井隆義

2023/07/12 5面


 東京・新宿の歌舞伎町に、10代を中心とした若者が路上に集まる場所がある。新宿東宝ビル脇の通称「トー横」と呼ばれる一角である。東京だけではない。大阪・ミナミの「グリ下」や名古屋・栄の「ドン横」など、都市部を中心に近年は日本各地に同じような場所が生まれている。

 かつての暴走族のような非行集団を知っている大人たちは、社会に対して不満をため込んだ若者が徒党を組み、仲間同士で大騒ぎしている姿を想像するかもしれない。しかし現実は違う。彼らの多くは鉄道や飛行機を利用し、他県など遠くから一人でやって来る。

 その中には地元にはない新たな出会いや刺激を求める興味本位の者もいる。しかし多くは、むしろ助けを求めるかのように安心できる居場所を探してやって来る。地元から彼らを押し出しているのは、強制的に囲い込まれた檻から解放されたいという従前の非行少年がよく抱えていた願望ではない。反対に、どこか安心できる居場所に包摂されたいという願望のほうが強い。

 端的にいえば、彼らを突き動かしているのは不満ではなく不安である。事実、彼らの中にはリストカットやオーバードーズといった自傷行為の経験者が多い。地元で経験しているだけでなく、やっと辿り着いた路上でもそうした行為が散見される。彼らにとっては、それこそが不安を紛らわせて生きていくための営みなのである。

 彼らは、かつての不良のようにやんちゃな非行を繰り返しているわけではない。おとなしく静かに自らの生きづらさを抱え込んでいる。そのため、地域や学校など地元の大人たちの目には留まりにくい。しかし、近年の統計によれば、刑法犯で補導された未成年者が少年人口比で約0・2%であるのに対し、自傷行為の経験がある高校生は生徒人口比で約10%である。両者の間には50倍もの落差が横たわっている。

 経済格差が拡大する中で人間関係の格差化も進んだ結果、昨今の若者はできるだけ安全な居場所を確保しようと交友関係を限定する傾向を強めている。そのほうが安定した承認を周囲から得られやすいからである。しかしその狭小な世界の中では、いかに仲間から受け入れてもらうかという承認競争も生まれやすく、多くの若者はそこから外されたらもう生きる場所がないという切羽詰まった思いを抱えている。

 分断化された世界を生きている彼らは、自分の安心できる居場所がもはや地元にはないと悟ったとき、「トー横」のような居場所を探し出してやって来る。しかし、そこでは代替の居場所と仲間を求めながらも、悪意のある大人から被害に遭ってしまう事件も多発している。人間関係の内閉化は、じつは対人関係のリテラシー不足も招いているからである。

 このような事情を鑑みれば、彼らの身の安全を確保するために必要なことは、地元という檻へ閉じ込めて大人たちが安心することではない。逆に、彼らの活動範囲を広げさせ、居場所の多様性を確保していくことのほうが大切である。多様な居場所があれば特定の相手だけに承認を求めなくても済むし、多様な相手との関係の中で対人リテラシーを培っていくこともできる

 若者を一方的に抱え込んだり囲い込んだり、また一方的に禁止したり制限したりと、大人たちは目先の安心安全の追求のためだけに奔走すべきではない。むしろ自らのその不安を抑えつつ、人間関係を幅広く多様で豊かなものにし、対人リテラシーを高められるよう積極的に励ましてサポートしていくべきである。それこそがいま採るべき本来の対策だろう。


 どい・たかよし 1960年、山口県生まれ。社会学者。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退。著書に『「宿命」を生きる若者たち 格差と幸福をつなぐもの』(岩波書店)、『友だち地獄 「空気を読む」世代のサバイバル』(筑摩書房)など。