カフェ誇大妄想。いつものことだがひまそうだ。

先輩:マスター、こないだもらったあのフィギュア、壊しちゃった…

マスター:え?

先輩:机から落ちてたのに気がつかないで踏んづけちゃったら支柱が折れた。この通り…

 

マスター:あれまあ。でもなんでわざわざ持ってきたの?

転がってるニッポニテス

先輩:最近アンモナイトの解説をした動画ばかり見ててさ。そこのコメント欄に「異常巻きアンモナイトは海底に転がって生活していて、そのせいで殻がこういう形に成長するんだって説明する人がいてね。それがどうも信じられなくて。支柱がついてたら、こうだろ(手で持ち上げる)?泳ぐのを前提にしたスタイルだと思う。

国立科学博物館のニッポニテスフィギュア

マスター:そうだっけ?権威ある施設のオリジナルグッズだし、そういうもんだと思って眺めてたぞ。

先輩:おれもそう思ってたんだけど、海底に転がってるとかカイメンに絡まって共生してたとかいう動画の制作者もいるもんな。

こんなふうに横たわるのはちょっと違うと思うんだけど。

転がってるニッポニテス2

後輩:あれ先輩またそのフィギュア見てるの?

先輩:(博物ふぇすてぃばるで入手した冊子を開く)あ、こういう異常巻きアンモナイトがどうやって生活してたのかなって。ここに80年代のコンピューターシミュレーションのことが出てるけど、これは海底に転がったまま成長する前提だっけ?

後輩:ええ?これがうまく泳げるとは思えないから転がったまま成長するんじゃないの?

先輩:世の中には泳げる、少なくとも海底から離れて浮遊していると考える人と海底やカイメンに引っかかりながら成長すると考える人がいるようなんだ。

後輩:そんなこと、生活するうえで関係ないだろう。カイメンってなんだよ。

こむぎ:現生のミミズガイっていう巻貝がカイメンに支えられて共生してるそうだよ。

こんにちは。ホットサンドのAセットお願いします。

小島さん、またアンモナイト見てるの?オウムガイに似せてるのは古い再現だよ。

先輩:古いって…

こむぎ:しっぽ引きずってる恐竜の復元図ぐらい古い。

マスター:このフィギュア結構古いもん。複雑すぎて作れる気がしないし、そもそもぼくの趣味じゃない。興味ありそうだったからぼくが小島くんにあげたの。

こむぎ:頭巾があるのはオウムガイの特徴だよ。今は頭巾はなしで足が10本でイカに似ていると推定されてる。

誰かオウムガイの進化をまとめてくれないかな。足がものすごく多くなったのがどこで頭巾ができたのがどこ、みたいに。

ちなみにオウムガイの頭巾は足の原基が4つまとまってできていて残りの足が分裂して70本とか90本になるんだって。

先輩:え、4つも?

直角貝

これは古生代の「直角貝」だけど、頭巾はついてなかったんじゃないかな?でもそういう話じゃなくて、異常巻きアンモナイトが海底に転がって成長してるかどうかなんだよね。

先輩:まあね。この模型もそうだしこないだの博物ふぇすてぃばるの講演でも浮遊してる前提みたいだったので岡本博士のシミュレーションが転がって成長する前提だっていう意見を見てくらくらしてるところ。

こむぎ:成長の各段階において姿勢がどうなるか計算して、その後どう成長していくかのシミュレーションよね。

アンモナイトの形を住房(中身がある部分)と気室(気房;浮力の調節を行う部分)に分けて、浮力と重心を大まかに計算して「姿勢」を割り出すんだから、その時点で浮遊できるかできないかわかるんじゃないの?

先輩:おれもそう思うんだけど、実は「浮いてる前提」がまちがいで「転がってる派」のほうが正しいかもとつい思っちゃう。

こないだの講演でプラビトセラスの下部の反転してるところに小さな巻貝がついている化石があったからこれはきっと浮いてるんだと言ってたけど、「プラビトセラスとニッポニテスだけ浮いててあとは海底に転がってる」って言うのかもしれないあの連中。

プラビトセラス

こむぎ:「異常巻きアンモナイトは奇形」とか「進化の袋小路」とか言ってる人たちよりはましじゃないの?

先輩:そうかもしれない。今でもこういう標本の前で「進化の失敗作だよ」って連れに言っちゃう人がいたもんな。

ニッポニテス六人衆

なんか、大事な何かが伝わっていない気がする。お互い様なのかもしれないけど。それでその部分を橋渡ししないまま次の話に言っちゃってる気がする。シミュレーションとか実験とか、新種発表とか。

マスター:新種発表?

先輩:今年北海道で新種の異常巻きアンモナイトが発見された。異常巻きとしてはすごくでっかい。30センチはあるかな。さっきのプラビトセラスも大きくなる種類だけどそれ以上かな。最初が円錐状に巻いていて、そのあと大きな輪を描く。すごく太くて、張り切りすぎて失敗したパン屋さんのリースみたいな感じ。

後輩:なんだそりゃ?

先輩:リースだから、どっかにひっかけて飾るには便利かもしれないぞ。重いけど。

こむぎ:なんで「転がってる派」の意見に引きずられるのよ?そんな重たいものひっかける場所はそうないでしょ。

先輩:今北海道に行くと、今回発見の新種の標本が全点見られるらしい。行きたいなあ。復元イラストとかできてるかなあ。

おれが知ってるのは「化石」「置物」としての姿だけだから、どんな風に生きていたかまるで想像できてない。

こむぎ:カイメンとかサンゴに引っかかってたらやだなあ。

先輩:あれだけでかいと引っかかる相手を選びそう。

しかし…「転がってる派」も彼らなりに「適応放散」について考えてるみたいだし…

こむぎ:海の生き物って小さい時に漂流生活して分布を広げたりするの、多いでしょ。少なくとも、生まれてすぐのときは「海底で転がりながら成長」はない気がするんだよね。アンモナイトは「多産多死」の戦略を選んだ生物だから特に。

後輩:アンモナイトはクラゲみたいに変態するの?

先輩:しない。小さい殻に入った姿で卵から出るらしい。

マスター:「適応放散」ねえ…

先輩:そもそも、なんで渦巻きに巻くのをやめたのか、とか…気にならない?おれすごく気になる。

後輩:安全だったから?

先輩:とんでもない。首長竜やモササウルスのいる海だったぞ。サメだって…

こむぎ:それに何に適応してああいう姿になったのかもわからない。

比較的早く泳ぐのに適していると推定される、結構広く分布しているニッポニテスだけど、こういう種も発見されてるし…

何を目指してるのかわからないニッポニテス・バッカス

後輩:なんじゃこりゃ?

先輩:ニッポニテス・バッカスだ。下向きにょろーんは他にもあるけどね。

もしこの生物が今生きてて、下向きにょろーんした個体を捕獲して水族館に入れたらあまり長く楽しめないかもしれない。

後輩:どうして?

先輩:にょろーんは大人の個体の特徴だから、この生物が1年で成熟して死んでしまうとしたらもう死期が近いことになる。

「レアなタコブネ入りました!かわいいです!見に来てください!」のニュースのタコブネはこのコースをたどる。殻があるタコブネは大人の雌しかいないし、捕まった時点で衰弱してることが多いから。

こむぎ:悲しいこと言わないで。

マスター:あれ、小島くんはまだ注文してないでしょ。

先輩:忘れてた。コーヒーお願いします。

マスター:コーヒーだけ?!

先輩:とりあえずコーヒーだけ。

後輩:さっき話してたシミュレーションのことだけど、やっぱり海底に着いて成長する前提らしいぞ。

先輩:おれ、生涯浮遊してて泳ぐものだと思い込んでたけど。こんどの「博物クリスマス」にアンモナイト研究者の相場先生が来るみたいだから聞いてみようと思う。

こむぎ:質問したい人いっぱいいるんじゃないかな。

先輩:もしつまんない質問だったらすぐ終わるよ。

後輩:ほかのネタは?

先輩:画像ファイルとかのらせんツールでアンモナイト描こうとしたことある?らせんツールってどっちかというと蚊取り線香の螺旋に近いかららせんを2本出してもうまく描けなかったりするんだよね。

そしてもし理想的ならせんを出せても、そのままじゃまだ描けたことにならない。なぜなら通常巻きアンモナイトは前の殻(中心に近いところ)に重ねて新しい殻を作っていくから、どれくらい重なってるか化石や写真を見て見極めないといけない。

ファゲシア

こういう形の殻だと、内側の殻が新しい殻の中の空間にめり込んでて、体が入る部分が変な形になってそうだけど窮屈じゃないのかな、とか…

後輩:変な質問。アンモナイトじゃないからわからないよ。で、理想的なアンモナイト描けた?

先輩:…まだ。

 

 

※カイメンに支えられてる動けないミミズガイがどうやって摂食するかというと、糸状の粘液を出して獲物を絡めとるそうです。

※首長竜やらモササウルスから身をかわすには、砂に潜って隠れるしかない?

※異常巻きアンモナイトの世界的な分布をまとめた文献はあると思うが、まだ一般向けの本になってるとは思えない。

※もっと大きな子供が卵から孵化するオウムガイと比べて、という話で、幼生が食われないに越したことはない。