江戸時代の浅草寺領について その9 | まっちー(machida-ito)のブログ

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江戸時代からの浅草寺領と諏訪神社の歴史について その9

 

浅草寺はこののち本坊が知楽院から伝法院となります。「徳川時代の慶長年間(1596~1614年)の頃は別当は観音院と号し、寛永年間(1624~1643年)より知楽院と称し、貞享二年(1685年)東叡山の御兼帯により伝法院と称される」と「浅草寺史」に見えこののち伝法院を本坊とする寺中三十四ケ寺(十二寺は衆徒、二十二寺は寺僧)の支配から成り、末寺門徒二十五寺(十七寺は末寺・八寺は門徒)を支配するその地「衆徒十二院」金蔵院・日音院・顕松院領は同じく五百石境・本龍院・自性院・実相院・梅園院うちは十一万四千坪で智光院・修善院・松寿院・無動院、別当はこれら医正院・一山・寺中・(旧名福寿院)末寺・門徒の代表者として役僧・役職・住職などの任免権持ち、寺領境内の土地・住民を支配していったのであります。なお、衆徒十二院については寺名を変えた院もあり、時代によって変更したようであります。

 

 

【寺僧二十二ケ寺】

教善院・正福院・延命院・正智院・観智院・長寿院・勝蔵院・善龍院・妙徳院・妙音院・徳応院・金剛院・吉祥院・泉凌院・通照院・誠心院・泉蔵院・寿徳院・法善院・寿命院・覚善院・円葉院であります。

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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