江戸時代の浅草寺領について その7 | まっちー(machida-ito)のブログ

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江戸時代からの浅草寺領と諏訪神社の歴史について その7

 

このように見てくると浅草寺領は北条氏から寺領として与えられた四十貫九百文「鈴録」によれば、「十貫は百石、百貫は千石也」と記されていることから約百石となり、その寺域は徳川時代入ってからも変わらずその地域は寛文図(1671年)によって大方知ることができます。

 

すなわち、青色の印で示されていた通り、左から諏訪町・駒形町・三間町・田原町・二丁目・三丁目・茶屋町・西仲町・東仲町・並木町・花川戸町・山之宿町・聖天町が浅草寺領で、さらに相聞(雷門)から本堂を中心とした各寺院の地域を「田」と記したところまでが浅草寺領内であります。

 

 

そして当時右に挙げた諏訪町から聖天町の各町に住んでいた商人住民たちは別当であります浅草寺に年貢を納めていたのであります。

 

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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