江戸と江戸城(江戸城と江戸城下町の構築)その7 | まっちー(machida-ito)のブログ

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その当時の江戸城の姿は「慶長十三年江戸図」によっておおよその姿を見ることができるといわれています。

 

 

家康は元利二年(1616年)四月十七日駿府城にて没しました。そして東照大権現として祀られ東照宮が日光や久能山・他江戸城の紅葉山にも建てられました。

 

二代将軍の秀忠は江戸を引き継いでその充実を図りました。元利二年(1616年)五月には江戸城の北部に神田川を通す大工事を行っています。

 

そのため、神田山と湯島の間の開削が行われ街中に被害を出す平川の流れを城側に通すことで城の北部の守りを固めることになったことに伴い、神田明神も湯島に移築されました。

 

神田川ができたことによりこれが事実上の外堀となり神田川沿いには新たな町が生まれたのであります。南岸の徳右衛門町・柳原町、北側の浅草平右衛門・瓦町・神田久衛門町蔵地であります。

 

 

また、元和六年(1620年)には東国の大名に命じて内桜田門から清水門までの石垣が整備され、和田倉・竹橋・清水門・飯田町口(のちの田安門)麹町口(のちの四谷門)の各枡形の整備が完成しました。更に元和八年(1622年)二月から本丸の大改造が行われ、それまで本丸北部には梅林坂・北桔橋・西桔橋門に囲まれる出丸がありました

 

が、本丸に取り込まれてそこに新しい天守が建てられたのであります。二度目の天守閣であります。

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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