江戸と江戸城(江戸城と江戸城下町の構築)その1 | まっちー(machida-ito)のブログ

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江戸の地名の由来は定かではありませんが、おそらくこの地の地形に由来するものであろうと考えられています。

 

そしてこの地名をとったと思われる江戸氏がこの地を支配するようになるのが鎌倉時代がまさに始まろうとするころでありました。

 

江戸太郎重長の名が「吾妻鏡」の治承四年(1180年)八月二十六日に見えるのが江戸氏の記録の初見でその支配は延文三年(1356年)に江戸遠江守忠重が没し、江戸氏の命運に陰りが見え、次いで応安元年(1368年)に起こった平氏の反乱に与したとして多くの所領を没収され衰退していきました。

 

江戸城の歴史を考えるとこの江戸氏の館が最初の江戸城ということになります。しかしその具体的な姿を知る資料は全く残っていなく、そして江戸氏のあと、約一世紀を経て太田道灌が江戸城を築くようになります。

 

康正二年(1456年)から翌年の長禄元年(1457年)のことであります。

 

その江戸城はどこに築かれたのでしょうか?

 

三つの曲輪の位置はどこなのか?この点については諸説があります。

 

しかし断崖をもつような地形的条件を考えると「千代田・宝田・祝田の三村の位置にあった」とする「霊岩夜話」などの説や「平川村の位置」とする平川天神社の棟札による説よりも「後の徳川氏の江戸城の位置にあったとする説」のほうが今では有力視されているのであります。

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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