浅草の歴史(鎌倉新仏教とその寺院 律宗・禅宗・浄土宗)その13 | まっちー(machida-ito)のブログ

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光明寺は正式には天照山蓮華院光明寺と云って現在の鎌倉一の伽藍を誇る浄土宗鎮西義派の大本山であります。

 

江戸時代には徳川家康の定めた浄土宗学問所関東十八檀林の筆頭として栄えました。

 

寺伝によれば開基は北条経時、開山は然阿良忠と云われています。しかし光明寺に関しては、不明な点が多いです。

 

すなわち、開基についても北条経時の他に大仏朝直説があり、また一方で何時光明寺が建立されたのかもはっきりしないのであります。

 

正元二年(1260年)頃下総から鎌倉に入った浄土宗の良忠(然阿弥陀仏)が佐介に建てた悟真寺に始まり、悟真寺が蓮花寺と改名し、のちに光明寺となったと考えられます。

 

 

そして光明寺と云う寺院名を文献によって確認できるのが明応四年(1495年)であります。

 

もっとも正中二年(1325年)付けの良暁述聞副文(光明寺文書)には「佐介谷本悟真寺、今蓮花寺と号す」とあって正中二年(1325年)当時からは蓮花寺と称し、それ以前は悟真寺であったことがわかります。

 

そしてさらに言えば前進であります悟真寺を建立した開基が大仏朝直であろうと考えられています。

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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