浅草の歴史(鎌倉新仏教とその寺院 律宗・禅宗・浄土宗)その4 | まっちー(machida-ito)のブログ

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すなわち極楽寺には正嘉二年(1258年)以前に北条重時を開基とし念仏僧の正永和尚を開山として深沢谷(鎌倉大仏のある近く)に開かれたが間もなく正永和尚が亡くなり、翌年の正元元年(1259年)には現在地の地獄谷に移され伽藍が整備され弘長三年(1263年)には北条重時の三回忌が浄土宗証空上人の弟子であります宗観房によって行われました。

 

その宗観房が忍性に帰依して律僧となっている点からこの頃に極楽寺は律宗寺院となったのであろうとされているのです。

 

このように当時の鎌倉は新仏教教団の競り合いのばであり念仏寺や念仏僧が律寺あるいは律僧に変わってもなにのことはない時代であったと考えられます。

 

この事は金沢称名寺も念仏寺から律寺に変わっていることでもわかります。

 

極楽寺は先に見ていまだ忍性を開山とし、山号は霊鷲山といい現在は真言律宗の寺院で、中世には百を超える支院があったと云われています。

 

代表 まっちー音譜

 

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