中国西安の街並み(西安・華清池)2 | まっちー(machida-ito)のブログ

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引き続き、「華清池」です。

 

楊貴妃の像です。等身大よりも大きくて、台座を入れると3mくらいあります。多くの観光客はこの楊貴妃の像の周りで記念写真を撮ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

意外と小さいお風呂で3.6m×2.7mのサイズです。「海棠の湯」と命名されている通り、海棠の花の形をしています。楊貴妃が一人で入った温泉の跡です。大理石でできていたようです。温泉に降りる階段が入浴する楊貴妃の姿を想像させます。


 「海棠の湯」が発掘された後にこれを復刻し、これを囲むように建物ができていますが、温泉のサイズに比べて建物が大きすぎるような気がします。これでは冬の季節はさぞ寒かっただろうなどと心配してしまいます。

 

 

 

一周を取り囲むように観光客がいっぱい。

 

 

 

 

 

蓮華湯は10.6m×6mのサイズで、楊貴妃の「海棠の湯」に比べると3倍から4倍の大きさです。こちらも大理石造りだったようです。 玄宗皇帝専用の湯ですから、このくらいのサイズはあったのでしょう。


 建物の外側は綺麗ですが、日本人から見ると内装は質素な気がします。当時は珠玉で飾られていたのでしょうから、もう少しそれらしい内装にできないのかと思ってしまいます。

 

 

 

日本語でも解説あります。

 

 

 

 

 

上の写真は星辰湯と言われる温泉の内部です。18.2m×5mとかなりの大きさです。この星辰湯は、唐の太宗である李世民の時代に皇帝用の温泉として作られたもので、湯船は北斗星をイメージして作られたとされています。

 

太宗は唐王朝二代目の皇帝で、 初代皇帝の父を援けて各地を転戦し隋をはじめとした群雄を滅ぼしたのちに二代目皇帝になった人で、善政を敷き唐王朝の基礎を作ったとされる名君です。

 

そうした大英雄が作った自分専用のお風呂ですから、こんなに大きいのでしょう。プールとしても使っていたのでしょうか。
 

因みに、太宗の在位期間は626年から649年で、第四代皇帝てである玄宗の在位期間は712年から756年です。

 

唐は618年に興り、690年から15年間は武の時代になりますが、その後705年に復活し907年まで王朝として君臨しました。

 

日本が遣唐使を送っていたのは、唐の建国から894年までですから、当然ながら太宗の時代も玄宗の時代にも遣唐使を送り、中国の技術や文化を吸収していたことになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良いところです。

 

日本でいったら太閤の湯(有馬)みたいな感じでしょうか?

 

世界遺産いいですね。

 

 

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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