江戸と浅草の歴史(町名由来と古地図を通して(その10) | まっちー(machida-ito)のブログ

まっちー(machida-ito)のブログ

糸・紐・リボン・テープ・・・・などなど

細くて長いものなら何でも取り揃える「町田絲店」の

7代目社長の「つぶやき」的なウェブログです。

ゆる~くご覧ください。


テーマ:

江戸と浅草の歴史(町名由来と古地図を通して(その10)

 

ありがとうございますニヤリ

 

北条氏と江戸・浅草

 

江戸時代(天和元年以降)の浅草の事項と重要事項

 

天和元年(1681年) 護国寺が建つ

 

天和二年(1682年) 十二月火災で両国橋が焼け落ちる

 

元禄元年(1688年) 本所の地が元のような武家屋敷と町屋に返される。この時から本庄を基のところへ帰す意味で本所となる

 

元禄五年(1692年)九月 浅草川の諏訪町から聖天町殺生禁断の高札が建てられる

 

元禄六年(1693年)七月 新大橋が完成する 八月 柳橋が初めて架かる

 

元禄九年(1696年) 永代橋が架かる

 

元禄十一年(1698年) 深川の海より一万坪を埋め立てて洲崎とする

 

元禄十三年(1700年) 深川に六万坪の地を下されて木場とする

 

元禄十四年(1701年) 殿中において浅野が吉良へ刃傷

 

元禄十五年(1702年) 赤穂浪士討ち入り

 

享保四年(1719年) 両国橋・新大橋は以後町奉行支配となる。永代橋と大川橋を加えて四大橋と唱える  江戸火消しいろは四十五組が出来る 江戸の人口 五十万千三百九十四人

 

享保十四年(1729年) 天一坊が刑される

 

元文二年(1736年) 飛鳥山に桜を植える 元文年間(1736~1740年)上野広小路ができる

 

寛保元年(1741年) 吉原仲の町に桜を植える

 

安永三年(1790年) 隅田堤に桜並木を植える

 

以上、徳川家康江戸入国(天正十八年 1590年)から二百年後までの主な事項を浅草周辺を主として取り上げてみたものです。

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

町田絲店の紹介動画です↓



 

ペタしてね

 

よろしければ↓↓クリックお願いします!

 

人気ブログランキングへ

下町の糸屋さん(町田絲店)さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス