浅草の歴史と伝承(台東区の古来の氏姓について)(その15) | まっちー(machida-ito)のブログ

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浅草の歴史と伝承(台東区の古来の氏姓について)(その15)

 

 しかしながら、記述は浅草寺縁起の中心人物である土師氏と武蔵国国分寺の人名瓦に白方郷(浅草付近と推定)戸主土師部氏と同じ氏族または上下関係のつながりとみての事であります。

 

 そして更に「白方土師部角麻呂」とありますが、これは次のように記したつもり「白方郷k土師部角麻呂」何かしらの間違いによってそう印刷されたであろうとみることができます。

 

 ただし、台東区史に椋橋部の人たちについて何も記していないのが残念なことであります。

 

[御名代名部について]

・刑部=十九代允恭天皇の皇后であります忍坂大中姫の御名を負う人々

 

・孔王部=二十代安康天皇の御名であります穴穂にちなみ御名を負う人々

 

・檜前部=二十八代天皇の檜前(隈)盧入野宮の都城の陰陽を負う人々が部で仕えたものが檜前舎人であります。武蔵・遠江・上総・上野・大和

 

・金刺部=二十九代欽明天皇の礒島金刺宮の御名を負う人々が部で舎人は仕えたもので、金刺舎人と称する

 

・他田部=三十代敏達天皇の譚語田(他田)宮の御名を負う人々が部で、舎人は仕えた者たちで他田舎人と称する

 

・椋橋部=三十二代崇峻天皇の宮であります倉橋柴垣宮の御名を負った人々

 

(終わり)

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