ワタクシ的80年代の思い出 | 町田福祉園スタッフのブログ

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***社会福祉法人みずき福祉会『 町田福祉園 』スタッフたちが綴るブログです***


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こんにちは町田福祉園4棟スタッフK.Kです。

 

先日、所用があって東京の原宿に行ってきました。

 

都内でもあまり行かない場所なので本当に久しぶりでした口笛

 

20代の頃まではそれなりに遊びに行っていましたが、

 

年を取るとなかなか足が向かない街ですね(笑)

 

そこで今回は原宿にまつわる自分の思い出を書きたいと思います。

 

時は1983年初頭、昭和でいうと58年頃のお話です。

 

私は当時、パンクロックな音楽音符が大好きな高校2年生でございましたチュー

 

ある日、同じクラスのパンク好きの友達よりお誘いがありました。

 

当時大好きだったTHE MODSというバンドのライブに無料でいけるとの話!!

 

「the mods fight...」の画像検索結果

 

モッズは九州は博多出身の所謂めんたいロックと呼ばれるバンドで、

 

音楽的には60年代のザ・フーやキンクスといったイギリスのビートロックに性急なパンクロックのエッセンスをまぶした様な感じの音です。

 

バンドリーダーの森山さんの誕生日にファンクラブ加入者限定で同伴者1名までライブに無料招待との事。

 

友人はファンクラブに入っていたのでした爆  笑

 

もちろん誘いを断る訳はありません。ふたつ返事で快諾ですニヤニヤ

 

ただ、場所が原宿の当時最先端な場所でのライブだったのです滝汗

 

原宿ピテカントロプスエレクトスという業界人や欧米の有名アーティストが集まる、今で云う所のおしゃれなクラブでのライブ。

「原宿ピテカント...」の画像検索結果


そんな所に行けるのかと私も友達も内心ドキドキ(笑)

 

マア、なんとかなるさと原宿に場所の下見を兼ねてライブに着て行く服を買い物に行きました。

 

貧乏な高校生だったので高い買い物は出来ず、イギリスのパンクバンドのセックス・ピストルズのTシャツを当時表参道のラフォーレ内にあったロックショップで購入した後、ピテカンの場所を確認しに行きました。

 

表参道交差点で信号待ちをしていたところ、離れた所に全身黒尽くめの背の高い男がいました。

友人「あれって陣内じゃねーの」

 

私「ホントだ、ロッカーズの陣内孝則だ」

 

今では俳優やタレントでご活躍されている陣内孝則さんも当時ザ・ロッカーズというバンドでボーカリストをされていた、トンがっていてコワーい方だったのです滝汗

 

ヒソヒソと話をしていたら聞こえたらしく、サングラス越しに思いっきりメンチを切られてしまいました(笑)。

 

握手してもらおうと思っていたら足早に神宮前方面に行かれてしまいました。残念!!

 

そんなこんなでライブ当日は朝も早くから並んで入場を待っていました。

 

そうしたら同じ高校の連中があっちにもこっちにもいるわいるわ(苦笑)

 

まるで学校に来ているようでした。中学校の同級生もいました(笑)。

 

「モッズ好きなの?」と私に聞いてきた見るからにパンク少年も同じ高校の一学年下の後輩でした(苦笑ニヤニヤ

 

当時、あちらこちらのライブハウスで見かけた不良外国人集団もいて、あんたら絶対ファンクラブに入っていないでしょという感じだったのですが、彼らが中に入れたのかどうかは定かではありません(笑)

 

ライブでは記念にファンクラブ限定の缶バッジと缶ビール(スミマセン)をもらって、

ライブ中に飲んだ後(スミマセン)、

ハイの状態で余ったビールを他の客にかけてしまいました

本当にスミマセンm(_ _ )m)

 

当時のお話なのでビックリマークもう時効・・・!?滝汗いやほんと若気のいたりです

未成年の飲酒は絶対ダメですよ真顔

 

いや~最高なライブでした。

原宿に行った時、そんな事を思い出してしまった次第です。

 

あっビックリマークちなみにパンクロックは今でも大好きですよウインク

都内や横浜のレコード屋のパンクコーナーでニヤニヤしながらレコードやCDを漁っているオヤジがいたら、それは私かも知れません(笑)ニヤニヤ

 

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