macaronis.atelier from京都の美術教室 -135ページ目
August 28, 2010

やりたいと思った時がやり時だって

テーマ:日記のようなもの

京都の美術教室

ちょっと訳あって平日午後3時に東福寺へ行ってきました
この酷暑!
平日ということもあって人の気配無し
あの東福寺が?
そう、あの東福寺が。

やっぱり禅寺はいいですね
私は禅宗ではありませんが、禅寺が好きです
何が良いって
偉そうな感じがしない(まあ、生きてる人間のための哲学ですから、あの世もないわけです
これを信じてるというわけではないんですがあっさりした感じを受けます
宗教じゃないですよね、禅って)
写真は断りを入れれば撮り放題(普通、お寺いって仏像とか撮ると怒られます!「拝むもんだ」と、そうかなって思うんですけど、、、、、、、こころの持ち用じゃないのかな?)
拝観料はあんまりとられない(駐車料金もとられない、せこいんですけど、ここが大切)

すると座禅をしたくなるので、してみるわけです
して脳みその無い頭で考えてみるんですよ(無にはなれないですから)
するとね、当たり前の事を思います

やっぱり絵描きは絵を描かなきゃね

芸術家ならば作品を創らなくてはね

ようやく重い腰を上げて創り始めてます
今は初挑戦してみようと、絵本にも取り組んでいます
できるかできないかわからないけれど、やりたいことをやってみようと

やりたいと思った時がやり時なんですよね
だからみんなも「これやりたい!挑戦したい!」と思う事があったら無理だと思わずにやってみてください
(もちろんのことですが、やりたい事=勉強とか学ぶ事とか、遊びの体験です
犯罪は駄目ですよ、やりたいと思ってもいけません)

それにお手伝いできる事がありましたらしますので、相談してみてください
ちなみに今日していただいた質問は図面の書き方でした。
えっと、私は建築家ではありません、、、、、σ(^_^;) できれば質問は絵の描き方とか、描く行為についてで。
だから図面については上の階の建築デザイン事務所の方にお聞きしてお答えしました((笑))

やりたいことをやってみる、すると何かが産まれます
望んだ物でなくてもね
でも何かが産まれた時に産まれたってわかるかなー
そのアンテナはたてておいてくださいね


その日の夜は芸術家が集まってイベントの相談でした

京都の美術教室

写真がくらいけど、怪しい集まりでは有りません(笑)




August 24, 2010

山を登るということ

テーマ:日記のようなもの

京都の美術教室

1年に一度程、しかも標高1000弱ぐらいしかない小さめの山を登ります
でもこの小さめの山、ナメとったら大変な事になるぐらい、実はしんどい
帰り100メートルが降りられない、だって膝が笑うんです

山登りは、登りは楽です
怖いのは帰り
登った達成感の後すぐに帰りの恐怖におののきます
これはどんなに高い山でも同じみたい
野口健もテレビで言っていた
怖いのは帰り道

当たり前のことを言うようですが、山登りは人生と似ています
本当に
行きは良い、若さもあるから体力も有り、目標だけをみて登りきれるんです
帰り、人生の半ばを過ぎるとね、死を見つめながら今までのツケと戦って降りなければならないから
ツケをたくさん持っている人、若い時に何も考えなかった人は帰りは辛い!
私もそのひとり、だから辛い(笑)
必死で周りの事を考えずに走って来た、人生前半のツケは大きい

山を登っていていつも考える事は
ここでへたっても、弱音を吐いても誰も助けてくれないということ
子供の時は疲れたらおぶってもらう事もできることもある(できない人もいます)
だけど今は、誰も助けてくれないし、登りきったら、自分の足で降りなければならない
友人はこころの支えにはなるけれど、私の変わりに登山はしてくれない
だからしっかりとした足取りで、一歩一歩進むしか無いんだ
って思います

重い?(笑)
だって考えちゃうんですもん、ふらふらになって登っている頭の中はこんな感じ

先日富士山の登山客の一人が携帯電話以外何も持たないで登って、途中で救助を呼んだとか!
それはないんちゃう
山登りを軽視しすぎてる
つまり人生を軽視しすぎてる

私が登る小さな山でさえ、冬は死人が出てしまう程急な所もある自然の山なんです
だけど、登る山の高さは関係ないって師匠から言われました
低い山でも高い山でも関係ないんだ、高さの問題ではないと。
それはわかるんですけどね、人生半ばを過ぎても「まだ高い山登れるんちゃう」と淡い期待を持ってしまう
いつまで夢見る夢子なんだと思いますけど、上昇志向だから仕方ない
それで、仕方ないって言ったら、上昇志向は下降志向(この場合は内に向かう志向と同義)となんら変わりはないんだよ、と。
そこの所はまだわかりません
そのうちわかるかなぁ

とにかく自分の足で歩むしかなくて、という話

なんてことはない話なんですけど
生き物はね、いつ死ぬかわからんから今伝えたい事を伝えただけです
私は一度死ぬかと思った発作があって、
そこからいつも伝えたいと思ったら今伝えようって思う様になりました
それまでわからんかった
馬鹿やねぇ(情けない)

それからこのメール時代、ブログ時代にちょっと感謝しつつ

以上
August 19, 2010

白州次郎と政子「探しまくった人生」

テーマ:日記のようなもの

京都の美術教室

是が白州次郎と白州政子

私が先に知ったのは政子の方で、本人の中身を知るより写真を最初に見た
第一印象は「この人は男だ」
だった

そしてテレビで政子が書いた「西行」を読み
先日「白州次郎物語」を観た

白州次郎はわざわざ私が言うことはない、とにかく男前さんです
マッサーサーにむかって言った言葉
「日本は戦争に負けただけで奴隷になったわけではない!」なんて惚れてしまいますね


話を政子に戻して
なぜ政子を取り上げたのかというと、政子は自分のするべき仕事を探して探して探しまくった人だからです
女は自分の仕事なんぞ探さなくていい?そんなことはないでしょう
みんな何かを探してませんか?
それは旦那さんの夢を支える人も有り、
子供を無事に育て上げる仕事の人も有り、
人の役に立つ仕事の人も有り、
自分が生まれながらに持っている物を生かそうとして人生の仕事を探す人も有り

いろいろでいいんです

政子が自分の仕事を見つけたのは晩年だったと記憶しています(間違ってたらすいません)
よく探せたなって思います
途中で逃げ出したりしたくならなかったのかな?
みんな逃げたいって思う時ありますよね
政子もあったと思う
やけになった時もあったと思う
でも探し続けられた


そのモチベーション、探し続けられる動機を持ち続けられること
これが大切なんだなと思います
そして守りに入らない事、変わる事を恐れない事をしなくちゃならない

でもこれは難しい!

先日紹介した山中康裕氏、この人もずーっっとモチベーション高く、動き続けている人だと思います
政子は推測でしか有りませんが、晩年は静かに強く動き続けた人だと思います
「変わらない物を探そう」と書いたにもかかわらず、動きつづけた人だったんじゃないのかな
このこともあってか、能を学んでいたからなのか、どうしてか「男」にみえてしまう政子

でも、動き続けた事、そういう意味で素晴らしいなって思うんです

私も相当しつこくねばってますけど(笑)もうちょっとねばりますか



August 17, 2010

気づけば夏休みが!

テーマ:ブログ
気づけば夏休みが終わりそう

宿題は終わりましたか?

京都の美術教室

私は終わってません~

生徒さんへの見本を早く仕上げねばと考えあぐねていたら、、、、、、、、、、、、、、、
夏休み終わりそう (TωT)




上の写真の右は見てのとおり「針山」  手作りです
でね、みていただきたいのは左のもの
絵はね、「星の王子様」サンテグジュペリ著
サンテグジュペリは飛行機乗りでもあったんですよね、ガタイがよかったとか
それでこれはなんぞやと申しますと「消しゴム」なんです
星の王子様の絵柄の入った消しゴムです

友人がフランスに行った時のお土産でいただきました
こう、ウイットの効いた、って言えばいいんでしょうか
なかなかニクいお土産でしょ
ボンジュ~~~~~~~~~ルと言いながらいただきました
でももったいなくって使ってないんです
今は縫い物をする時の「重し」となっております

そう、縫い物と言えばこの夏鞄を一つ仕上げました
クロッキー帳が入る大きさです
ついで浴衣を仕上げようとしたんですけど、手が止まり、気がつけば夏休みが!
という感じです

9月はいってすぐに始まる学校
はやく試作品を創らなくては!

一番大事なアイデアが沸かんとは情けない
アイデアって降って沸いてくれば誰も苦労はせんわいな



じっとしててもみつけられないから、散歩とか、ね、するのがいいんですよね、こういう時は

明日は絵筆を置いて街に出よう!

August 09, 2010

見守るということ

テーマ:教育
私がはじめて「見守る」という言葉をこころに残したのは12年前
突如思い立って心理学を学ぼうと大学に入り直したことがきっかけ

そこでまずはじめに出逢った本が
山中康裕著「心理臨床と表現療法」でした
私がいままでしてきた芸術の分野と心理学の分野のつながりを模索していた時に出逢ったのです
心理臨床と表現療法/山中 康裕
¥3,990
Amazon.co.jp


それから山中康裕の本を網羅し、またその中でであったのが
スーザンアイザックス著「幼児の知的発達」です
幼児の知的発達 (世界新教育運動選書)/S. アイザックス
¥3,772
Amazon.co.jp


スーザンアイザックスはこの本の中で「見守る」ことの実践を示してくれています
中身をちょっというと
「子供達が飼っていたうさぎが亡くなりました、そこで子供達は本当に亡くなっているのかをみんなで検討します。
水に入れて浮いてると死んでいるのかとか、いろいろ試します。
そこでようやく亡くなった事を確かめて土に埋めますが、
その後、そのままどうなるのかがみんな気になり始めます。
お空に帰るというけれど、そこんとこ本当はどうなのか?
そこで土を掘り返してみる事を決行します、
土を掘り返してみるとお空になんか行かないで、そのままそこにいることを確かめました、、、、、、、、、、、、、、、」
スーザンアイザックスは最初から最後まで子供達の側に居ます
そして、子供達が検討しているのを一緒に悩み、どうなるのかしらね、ではどうしたらいい?と
子供達に問いかけます。
子供達に教えるのではなく側に居て、ほんの少し導いてあげるだけ、あとは見守り続けます

私は初めて読んだ時にびっくりしました
頭の固い私は、土に埋めた物を掘り返すなんて!って。
でも私は間違っていました
私たち世代にしても、随分生き物の生死からかけ離れすぎましたよね
小さい頃、何かしら小さな生き物、例えば金魚とか、鳥とか、死んでしまったら親が片付けてしまって
「喪の作業」をしないまま成長してしまう
だから現在、人が死ぬ事がわからない、
このことと少なからずかかわってくるのではないでしょうか

もう少し、ほんのもう少しでも良いから「見守る」ことをしてあげて、
「喪の作業」を経験してもいいのではないでしょうか
だからといって無理矢理見せてしまうのでは
逆にこころにトラウマがうまれてしまうかもしれないので、無理矢理は駄目です。
最近の学童なんかでも先生達が「見せなきゃ」って思ってしまうあまり、子供が恐怖を覚えてしまう!
そんなことが実際あった話を聞いた時は腹立たしくてしかたありませんでした
そこを幼稚園の先生達と話をしたのですが、やっぱりつたわりづらかったみたい
でもあきらめずに言い続けなければなぁと思います

だから何度も同じテーマで書いちゃうんです
ぼけてる?と思わないで、又書いてるわ、と笑って見過ごしてください(笑)


最初の著者「山中康裕」も少年期の心で「見守る」ことの大切さを書いています
少年期の心―精神療法を通してみた影 (中公新書 (515))/山中 康裕
¥714
Amazon.co.jp
私の愛読書の一つです
子供が一生懸命していることだったら釣りでも漫画でもいいのです
そのなかで、子供達は何かを見つけます
一度は荒れた様にみえるかもしれないけれど、それは違うのだと山中は言います

「見守る」こと
なかなか難しい事です
また「教えよう」と上から目線ではまた伝わらない
でもほんのちょっと時間をさいてしてもいいのではないでしょうか

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