15ミニッツ・ウォー | 映画、その支配の虚しい栄光

映画、その支配の虚しい栄光

または、われわれはなぜ映画館にいるのか。

または、雨降りだからミステリーでも読もうかな、と。

または、人にはそれぞれ言い分があるのです…。

スクールバスがテロリストに占拠され、フランス領ジブチとソ連の傀儡であるソマリアとの国境に配される。バスをめぐる自由主義国家と共産主義国家の代理戦争が勃発しようとし、単にテロリストたちを排除するだけではすまない政治的な駆け引きが必要となる。

 

とゆーわけで、バスジャックしたテロリストを撃退するパニックアクションかと思いきや、冷戦を背景にした政治的案件だったので驚いたが、作者自身、どー演出していいのやら、どーシナリオを書けばいいのやらわかってないように思う。

 

私の知識がないからかもしれないが、このような政治的背景がわかるのは映画も後半になってからなので、外人部隊を起用しようとか、まだ狙撃しちゃダメとの指示が上層部から入るとか、そういった政治的思惑がアクションヒーロー映画のクリシェとしか機能していない。

そもそもなぜバスジャックを試みたのかがわからないし、バスの周りで焚き火しながらカートを噛んでラリってるなど、まるで緊張感がない。

 

また演出も、ドキュメンタリー風を狙っているのか、アメリカンなアクション仕様を狙っているのかがわからない。5人の外人部隊が横一列になって乗り込むあたり(しかもスローモーション)は笑ったし、敵兵には百発百中、味方はまるで被弾しないとか、オルガ・キュリレンコのやけにかっちょいいヒロインぶりとか、いや、そういうことをしている場合ではなく、もっと前線部隊と上層部の齟齬や、指揮系統の混乱やらをちゃんと描けよ、と思う。

 

挙句は、無駄な戦闘で疲弊した戦士たちを叙情的に収めてよしとする。これまたアメリカンなアクション映画の紋切り型。

素材となった事件自体は面白いし、例えば狙撃する瞬間の描写とか、優れた演出も見られるものの、これはどうにも困った映画でありました。