その日、お父さんは焦っていた。iPhone4の予約開始日なのをすっかり忘れていたのだ。しかも、母さんの手伝いをする約束をしていた。家を抜け出してソフトバンクショップを巡るがどこも人が一杯で予約が出来ない。
(父)「時間が無いのに……」そんな時電話が掛かってくる。
(母)「あなた、牛乳買いに行くのにどれだけ掛かっているんですか?」
(父)「いや、売り切れててね。他の店に行ってるんだ」
(母)「まあ、そうなんですか?気を付けて行ってらっしゃい。」

 今のiPhoneを手に入れてから一年経ってない、ばれたら怒られてしまう。
(父)「折角買える様にしてくれたのに……」直ぐに予約できる所を求めて再び走り出す。

家
(娘)「ただいま~!今日は、お店が凄い混んでて大変だったよ。あれ、お父さんは?」
(母)「牛乳買いに行ってるわよ。」
(娘)「へ~、珍しいじゃない。」

 その頃お父さんは、北海道まで来ていた。
(父)「ここで直ぐ予約出来るか?」
(ショップのお姉さん)「はい、直ぐ出来ますよ。」
(父)「じゃあ、32Gのホワイト!」
(ショップのお姉さん)「予約は黒のみになりますが。」

家
(兄)「予想外です!」
(娘)「お父さん遅いね。」

[北海道]
(父)「何だと?」

家
(母)「どうせ、新しいiPhoneの予約でもしてるんでしょう。」
(娘)「え~、そんなの私に言えばいいのに!でも黒だけだよ?」
(母)「お父さんはそういう人なのよ。」……

机の上には、iPhone4 白バージョンの特別予約券が置いてあった。「父の日ーお父さん何時もありがとうございます。」と書いてある。



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  苛立ち(1~3)
 
 空が白んできた頃に、やっと考えるのを止める事が出来た。泣き疲れて眠ってしまったらしい。大学生にもなって自分がこんなに惨めで小さい存在だという事に初めて気が付いた。今まで、何の気無しにただ呆然と毎日を繰り返しているだけのつまらなくて、何も無い人生だと思っていたのに……

 それ以上に救われない孤独を味わう事になろうとは、考えもしなかった。
 朝方になって、やっと寝れたと思った矢先に採血の為にすぐ起こされてしまった。それでも二時間いや、三時間は寝る事が出来たと思うが、頭も身体も、ちっとも疲れが取れていない。きっとひどい顔になっているんだろう。昨日の医者がしかめっ面で俺の顔を覗き込んでいた。文句の一つでも言ってやりたかったが、口を動かす気力も残っていないようだった。そもそも、面倒くさかった。
 それから、一時間ぐらい経った頃だろうか、何時も医者に付きまとっているスーツの男達が入ってきて、寝ぼけている俺を部屋から強引に連れ出して行く。静かな建物、病院によく有るナースステーションが見える。
『そうか、やはりここは病院だったのか!でも、何かが違うみたい?』俺は、男たちに両脇を抱えられながら周りを観察してみた。
 俺の中の失意が、ある種の覚悟を決めさせたのだろう。これから何が起こるのか解らないのに、頭の中は酷く冷静になっていた。ここには今、俺たちしかいない。ナースステーションだってプレートが剥がされているし、置いてある殆どの机や棚にビニールが掛かっている。これから引っ越しでもするみたいに……
 エレベーターで二階まで降りて、少し奥まった狭い会議室に通された。そこには既に五人の知らない男たちが怖い顔をしてこちらを睨んでいる。
『取り調べをされるのか。俺は、何もしちゃいない、大丈夫だ。』
 そうは思っていても、ヤバそうな大人が五人も揃ってこちらを睨んでいては、いくら俺が覚悟を決めてみたって意味がなかった。足が竦み、手が震え出す。そして、頭のテッペンから冷たい汗が額や背中に堕ちて行くのが判った。
「ここに座りなさい」冷たく、静かな怒りが込めらている声が俺に突き刺さる。
 屈強な男達を通り越した窓側にある、想像を超える絶望を滲ませたパイプ椅子が俺を待っていた。

 ブラインドの下がった窓から眩しい光が漏れている室内は、異様に暗く感じる。そこに座りたくない。座ったら最後、もう生きては戻れないのではないだろうか。この部屋の出口を確かめる為に、今、入ってきたドアを見ようと振り返ろうとした途端にスーツ男に肩を抑えられてしまう。俺の行動は行使する前に拒絶されてしまったのだ。
 為す術すべもなく、恐る恐るこちらを睨んでいる男達を通り過ぎ椅子に座った。男達の背広はよれよれで見窄らしかったが、無精髭を纏った顔をより一層際立たせている。
「どうしたね?何も疚しい事が無いなら、さぁお座りなさい。」自信に満ちた穏やかな声が、奥の方から聞こえてくる。
 ここに入った時点で、彼らの目的は決まっている。それは、俺にも間違えようが無かった。自白させる以外にこの部屋の存在意義は皆無であった。いや、この建物の存在自体がそれ以外の答えを望んでいなかったのだ。
 恐る恐るパイプ椅子に座り、目の前の長机に付いた引っかき傷を一向に睨んでいるしかなかった。
「始める前に何か聞きたい事は有るかい?」一番奥に居た男がまた、静かに語りかけてきた。一人だけ落ち着いていて、きっちりと折り目のきいた高そうなスーツを着ている。こういう人を初老と呼ぶのだろうか?
突然の質問に頭の中が白くなってしまった。しばらくその男を見詰め、
「ここは何処?……みゆき、そうだみゆきは無事なのか?ここに居るんですか?」やっとの事で聞く事が出来た。
「チッ」 っという舌打ちとともに、一番手前に居た若そうな男が答えてくれた。みゆきが無事で、他の病院で検査している事。そして、ここが飯田橋にある元警察病院の跡地である事……
「えっ、病院跡地?何で……」驚いて、思わず聞き返してしまった。人気の無い病院だった意味がやっと分かった、しかし何故跡地に入る事になったのか理解出来なかったのだ。些細な事だが、その言葉は彼等の機嫌を損ねるには充分だったようだ。
 質問に答えてくれた若い男が、いきなり俺の胸倉をつかんで叫んだ。
「お前の様な危険人物を、普通の病院に入れてたまるか!一般人を危険にさらすつもりは無い!」俺は、この男の目が血走っている事に、ようやく気が付いた。そう、一番奥に居る男以外、みなの目が血走っている。
「危険てどう言う意味だよ!」俺は、若い男の手を力任せに振り解き、唸る様に言葉を重ねる。昨日までの鬱憤が自分を奮い立たせている。無謀にも、『目の前にいる男達の思い通りにしてたまるか!』と、あらぬ闘志が込み上げてくる。怒りを向ける相手がいると、力が湧き出すのだろう。
「俺は、何もしていない!気が付いたらここに居たんだ。」
「それは、これから確かめていくよ……」男の口元が俄に歪み、益々無気味になっていく。
「まあまあ、いきなり胸倉を掴んだら誰だって怒るじゃないか、たくみくん。気を付けなさい。」初老の男が若い男の前に出てくる。「たかしくん、済まなかったねぇ。悪く思わんでくれ、こいつらはここの所ちょっと忙しくってねぇ、気が高ぶっているんだよ。」ゆっくりと俺の向かい側の椅子に腰を下ろし、こちらの昂ぶった気持ちを受け流す様にさらりと笑ってみせる。
 俺の憤りは行き場を失い、僅かに芽生えた闘志さえ見るみるうちに霞んでしまった。

 静かな時間が過ぎて行く。目の前の男は微笑みを浮かべ、こちらを見詰めたまま沈黙を守っている。きっと俺が何か言うまで待っているのだろう。彼が動かなければ決して他の男達も動かないのではないだろうか。
「俺は何か疑われているんですか?」沈黙に耐えきれず聞いてみる。
「うん、そうだね。」
 ごく自然に、嘘の無い答えが返ってくる。あらぬ疑いを掛けられているはずなのに、これだけ素直に言われると何故か腹が立つよりも納得してしまう。
「俺、何も知らないですよ。」
「そうか。」
 この人ならちゃんと話を聞いてくれるかも知れない。
「あなたは?」だからと言って、俺は一体何を聞いているのだろうか?
「私か?私は長谷川だ。」少し考える様な顔をしたが名前を教えてくれた。
 果たして俺は、名前を聞きたかったのだろうか?自分でもよく分からないまま、聞き返す事はしなかった。
「気が付いたらここに居たんだ。」
「・・・そうか。」

 それからしばらくの間、何のやり取りも無く今日の取り調べが終わった。心も体もヘトヘトだ。あれだけの人数が皆、目を血走らせながら押し黙っていると、とてもじゃないが居ても立ってもいられない。途轍もなく長く、辛過ぎる時間を過ごした。
 部屋に戻されてから、気分を変える為に窓から外をながめていた。
 鉄格子越しに見る景色は、元病院の中と全く違い喧噪の真っ只中である。どの位五月蝿いのかは判らないが、東京らしい狭い道路に沢山の車が並んでいる、手前には電車が繰り返し通って行くのがチラチラと見えて、まるで模型を眺めている様で楽しかった。でも、遠くで双眼鏡でこちらを観察している一台の車を見付けた。
『外からも監視されてるのか。』一気に鬱々としてくる。
 カーテンを閉め切って横になってしまう。嫌な事があった時は、それが一番だ。少しでも怒りを発散して来たので、うじうじ考えて泣いてしまう事はもう無いだろう。外はまだ明るかったが、俺は簡単に眠りに落ちていった。
 
 どの位、寝ていたのだろうか?部屋の中や窓の外もすっかり暗くなっている。既に冷めてしまった病院食が脇にあるテーブルに置いてある。テレビを付けようとしても“うんともすんとも”いわない。
「消灯時間が過ぎてるのか、変な時間に起きちゃったな。」
 独り言を言いながら怠そうに起き上がり、食事の入った盆を持ち上げる。ベットに備え付けられている小さなテーブルに載せ、頼りないスタンドライトの明かりでディナーを済ませると、もう他にする事が無くなってしまった。
 日が暮れる前にもう一度、苦虫をつぶした様な嫌な顔を拝まなければいけないと思っていたのに『とんだ期待はずれだ!』ホッとした反面、これから長い時間をどう潰そうか考えなければならない。何もする事が出来ない時間が長い程、気持ちを凹ませてしまう。
 外にまだいるであろう監視に見つからない様に明かりを消してからカーテンを開けて外を見てみると、道路は渋滞すること無く流れているようだが車は結構行き交っている。それほど遅い時間ではなさそうだ。もう一度寝てしまうのが一番良いのだが、全く眠たくない。また昨日の様に深淵の彼方に引き込まれない為にも、何かしなければと焦るばかりだった。
「くそっ、起こさなかったのも夜に寝れなくする為の作戦か?」
 何が良い事なのか悪い事なのかもわからなくなってしまった。
「なんで、取り調べしなかったんだ!」もう、訳がわからない事を口走っている。

 ここで出来る事と言えば、夜景を見るぐらいなものだろう。明かりを消してはいるものの、それでも窓の端から隠れる様に街並を観察する。しばらくの間、車の流れやごま粒の様に見える人の流れを眺めていると、やっと気持ちも落ち着きを取り戻してきた。改めて冷静に見ていると、何度か見た風景がそこにあった。『ここって、足達が新宿へ連れて行ってくれた時の道じゃねぇか?』大学が終わってから通ったので、昼に見た時にはピンと来なかったが、暗くなってみると見覚えがある。
 足達と出会ったのは、大学に入って二ヶ月ほど経ってからだった。友達を作るのが苦手だった俺は、みゆき以外の人とほとんど話をしていなかったと思う。みゆきは、友達を作って楽しそうにしていたみたいだけど、何かと孤立してしまう俺に気を使って話し相手になってくれたり、休日には遊びに連れて行ってくれていたから、別段そのままでいいかと思い始めていた頃に、気さくに声をかけてきてくれたのが足達だった。俺は、何時もみゆきと一緒に居たからごく自然に足達と三人で一緒に連るむ様になった。彼の親はそこそこの金持ちらしく、都心のど真ん中だというのに時々真っ赤なプジョーで学校に来ていた。一日のコインパーキングの代金だけで俺なら三日は難なく過ごせるだろう。まあ、その車で新宿などの近場から海浜幕張公園とか、色んな所へと三人で遊びに行っていたのだから文句など言えるはずも無い。
『確か、神楽坂とか言うところだったっけ?』通ったといっても行き帰りの二回だけだったが、その時に「ここにある途轍もなくデカイ餃子を喰いに行こう」と言われたのが忘れられない。何でも、顔よりもデカイのだそうだ。
「大学からそんなに離れてなかったんだな。」この場所に一気に親しみを感じた。
 大きめの通りから手前の木立に視線を移すと、時折木陰から長い光の帯が通り過ぎて行くのが見えた。暗くてもよく見えないが、交互に行き交うその帯が、電車のものだとやっと気が付いた。土手の木陰に隠れていて明るい時には全く見えない。
「あっ、あの溜め池は神田川か!でも川には見えないよな。」神田川は、暗くてもう見えない。
 土手の手前の街並はビルの建ち並ぶビジネス街が広がり、川向こうとは雰囲気から違って見える。そこには、俺の全く知らない世界があった。土手の上は、公園なのだろうか?道路よりもかなり高くなっていて、歩いている人々が街灯の光で浮かんで見える。
 ふと、時間潰しも兼ねて、俺を見張っている人達が何処にいるか探してみようと思った。車を止めていられる様な場所は、この土手の手前の道路ぐらいしかなさそうに見える。他の道は狭過ぎて、監視するのが車であったらなら止めるのはここくらいのものだろう。建物の中に居てはもう探しようが無い。
 注意深く観察していると、真っ黒な車がずっと動かないでいる。中を窺い知る事は出来ないが、後ろの窓が開いている所を見ると誰かが乗っているようだ。
『この車だな。』俺は、確信した。
 この遊びは、とても楽しむ事が出来た。程よく疲れたので、このあと朝まで寝る事が出来そうだ。昼には苛立つ存在だった監視役も、物の見方を変えれば楽しむ事が出来るとわかって正直嬉しかった。意気揚々としながらベットに入り、みゆきや足達と三人で遊びに行った場所を思い出しながら再び眠りについた。

苛立ち4へ……つづく

続きは2000文字ぐらいを目安に更新予定です。


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今そこにある謎

  不安

 長いエスカレーターを昇り、薄暗い改札機を通った。強い眠気が大きな欠伸になって襲ってくる。 外に出ると、太陽の熱気にヒリヒリと焼かれる。
『うんざりだ、帰りてぇ~』そんな事を思っていると後ろからみゆきが駆け寄ってきて、別の路線の駅前で追い付いたてきた。
「おはよ、たかし!また大っきな欠伸をして、夜更かししていたんでしょう。もう、全く何してるんだか……」
「うるせぇ~よ、勝手だろう!」欠伸を堪えながら何とか答える。
「言ってみなょ~」
「どうせ、わからねぇよ」
「勝手に決めつけないでよ……」

 何時もと変わらない、他愛ない会話をしながら橋を渡ろうとした時に、後ろに何かを感じた……
『ん、なんだ?』誰かに呼ばれた感じに似ていた。思わず後ろを振り返り、空を仰ぎ見る。
「たかし?どうしたの?」みゆきは、不思議そうにたかしの見ている方に目を向ける。
 何かが煌めく。おれは、無意識のうちに手をかざしていた。次の瞬間、周りは光に包まれていた……
何も見えない。

「たかし、たかし!しっかりして!」みゆきに力強く抱きかかえられて揺さぶられている。訳が分からない。俺とみゆきがいる所を残して橋の手前が不自然に削り取られている。何があったのか全く理解出来ない。
 みゆきを振りほどこうとするがぴくりとも動けない。次第に、意識が遠のいて行く……
 
 どの位経ったのだろう。気が付くと検査着姿で全く知らない白いが煤けて薄汚れた部屋のベットに寝ていた。少し体を起こすと、鉄格子のはまった窓から小さなテラスのあるボートの浮かんだ溜め池が見える。
『見たことあるな……』そう思っているとドアが開き、白衣姿と二人のスーツ姿の男達が入って来た。
「ここは、何処ですか?」思い切って質問するをしてみる。

 誰も何も言わない……
「何があったんだ?」イライラしてくる。
 白衣の男は、無言で血圧を測り採血をすると他の男を連れて出て行ってしまった。
『いったい何なんだ!』当てどころのない苛立ちをテレビをつける事で解消しようとした。

“今、御茶ノ水駅に来ております。ご覧の様に、聖橋の手前の歩道が楕円に大きくえぐられております。”

『何だこれは、何がどうなっているんだ?』テレビから見える光景に動揺してしまった。

“不自然に残った中央の地面に、二人の大学生が奇跡的に生存していたとの報告があります。しかし、三人の重傷者が確認され、今現在、まだ二人の方の行方が分からない状態となっております。先程お伝えした立花さんは、直接営業に行っていて無事なことが確認され……”

『み、みゆきは大丈夫なのか!何処にいるんだ?』みゆきがいない事にやっと気が付いた。ここに居るかも知れない、確かめる為にドアへと向かう。ガチャガチャと音を立ててドアノブを回してみるが開かない、鍵が掛かっている。
「誰かいないのか!開けてくれ!」思い切りドアを叩いたが、何の反応も無い。

“今だ原因が判っておらず、捜査本部は、中心部にいたと思われる学生の回復を待って事情を聞きたいとしています。尚、テロの可能性も含めて捜査を進めているとの事です。負傷者は、医科歯科大付属病院と順天堂病院へと搬送された模様で……”

『酷い事に巻き込まれてしまった。』俺は、途方に暮れた。
 辺りが暗くなってきても、何の音沙汰もなかった。テレビでは、相変わらず事件とも事故ともつかない報道がされている。ある番組では、俺とみゆきが何処ぞの組織に関与しているなんて仄めかしやがった。警察は、俺の回復を待って事情を聴くと言っている様だが、一言だって声を掛けてこないじゃないか!一言ぐらい文句を言わせろってんだ
『それにしても、医者らしい奴と一緒にいたスーツ男の体格は、半端じゃなかったな。大学のラグビー部以上だった。ありゃ俺が何かするんじゃないかと疑ってるんだろうな。』時間だけはたっぷりあるので、そんな事ばかり考えて落ち込んでしまった。
 疑われても何と言い返せば良いのか分からない。どうしてこうなってしまったのかさえ理解出来ないのだから、この先に何が起こるのか考えてみただけて憂鬱になる。唯一の楽しみである食事でさえ、厳ついむっつりとしたスーツ男に渡されて、食欲が出るわけがなかった。
 誰とも話す事が出来ないのは、思っているよりずっと俺を鬱屈した気分にさせた。一言でも言葉が帰って来れば、どんなに癒される事か……今、優しい言葉をかけられたら涙が出てしまうんじゃないかとさえ思う。俺を責める罵倒の声だって今なら俺の力になるはずなのに!でも、言葉どころか目も合わせてくれない。あまつさえ必要以上に俺との接触を拒否している。
 消灯は、突然やってきた。ブレーカーが落ちたかの様に、殆んどの明かりが一瞬にして消え、それと共に俺の心も、否応無く深淵の彼方へと引きずりこまれて行った。

『誰も俺の事なんて見てくれない。俺の話を聞いてくれる人はいない。誰も俺を理解しょうとしてくれない。誰も俺を必要としていない。俺は一人孤独にここで滅んで行くんだ。誰か、教えてくれ……俺が一体何をしたんだ!俺は何者なんだ?何をしたらいい……みゆき……』俺は、枕に顔を押し付けて嗚咽しながら暗闇に耐えようとした。

 いきなり周りで人が死んだり怪我をした事、みゆきの居場所がわからない事、誰からも無視されている事が、そして、この暗闇が俺の心をいとも簡単に、完璧に折ってしまっていた。 歯を食いしばっても涙は零れ落ちるばかりだった。

   つづく


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