ホノルルトライアスロンが終わり、翌日の飛行機で日本に帰ってきた。前日からエジプト人企業家のサミーが来日しているので19日に帰国して早々にディナーを共にした。一歳年下の彼だが、ビジネスの成功者にありがちな固定概念が強いので、それを解すのも自分の仕事だと思っている。彼は揚げ物を嫌うが、他国の油切れの悪い揚げ物ならわかるが、総じて日本の揚げ物は良い油で、切れも良いのが普通だ。なので最初は嫌がるが、揚げ物を食べてみると気にいるというパターンが多い。それは食べ物だけではなくビジネスの成功論理も彼の成功パターンが強いので、日本なりの流儀を伝えるのにも少し苦労する。20日には昼過ぎまで八丈島の現場視察に行き、夕方からは自分の誕生パーティーに出席してもらった。
誕生パーティーは70歳(古希)ということもあり、還暦に続いて10年ぶりにそれなりの規模で行った。ただもう仕事も引退しているので、本当に親しい人達だけの、またこれから先も共にバカ笑いできそうな人達だけを70人ほど招待してアットウォームな会を行った。全体プロデュースはイナケンが準備してくれ、多くの時間を費やしてくれ本当に感謝に耐えない。還暦もそうだが、こういう会は今までの感謝とこれからも宜しくという意味もあるので、全て招待で行うべきだと思っている。お土産まで入れればそれなりの金額にはなるが、その多寡では測れないぐらい来てもらった人達からはたくさんの恩恵をもらっているのではないかと思う。そしてどうせやるなら意味深いものにしたい。敢えて家族は出ないようにしたので、出席してくれた人達もリラックスして楽しんでほしいという思いもあった。70年の歴史というものはやはりそれなりに重い時間だったと思う。喜怒哀楽と言うだけでは簡単すぎるくらいの様々な感情もあった。しかし振り返って、しみじみ思い返すよりも、終わり良ければ全てOKなのではないだろうか?忸怩たる思いも、辛い悲しみも、悔し涙も全ては今に繋がっていると思えば、もう過去を掘り返す必要もあるまい。スピーチでも言ったが、正味のところあと15年ぐらいの人生だと思っている。死生観も定まっている。妻や弟妹たちが逝く順番もわからないが、どういう順番でもあっても自分がやるべきことはキチンとやりたいと思っている。また先だって亡くなられた佐藤愛子さんじゃないが、もう1段進んだ後期高齢者になれば、本当に老いというものを実感せざるを得ないだろう。全てがめでたい事ではなくなる。しかしながら、そういう考えを今のうちから想定しておけば、何も日々驚くようなことではないだろう。それまで動ける時は動いて、はしゃげる時ははしゃいでいようと思う。寝たきりになるのか、ピンピンころりになるのか、それもわからないうちに憂いても仕方があるまい。ある意味不思議なのだが、誕生日の朝にいろんなことが吹っ切れたような気がする。そういう意味ではパーティーもそうだったが、良い1日だった。良い仲間達と良い時間が流れていったあの感じ。あの感じのようにこの世を去ることが出来たなら本当に幸せだろう。
カナダ映画の「みなさんさようなら」という映画が好きだ。人生の様々な時間を共にした人達に看取られていく映画だが、自分の中では最高の死に方だと思っている。