私とパートナーの「ほんとうの夢」。映画"グレイテスト・ショーマン"を観て思い出した。 | 堀江真理子の「穏やかで美しい世界」

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生活の中の文化や芸術を愛しみながら 暮らしています

表現活動を通して 調和を奏でる
わたし流の「穏やかで美しい日々」を綴っています


こんにちは。

暖かくなってきましたね。



動きやすくなってきたので、

時間があれば、家の中をお片付けしてます。


バンバン、断捨離しています(笑)


気持ちもスッキリしてきます。




先週、映画『グレイテスト・ショーマン』を、パートナーと観てきました。



まるで、私たちの話し?(笑)


なんだか、ものすごく共感してしまい…(笑)

はじまってすぐから、泣きっぱなしでした。


これも、断捨離かな~~?(笑)




映画をご覧になった方、

これからご覧になる方、


私が、どこに共感なのかは~~

ぜんぶ言うことはできませんので…

ご想像にお任せします…(笑)





とにかく、


今の私にとっては、

タイムリーな作品でした。


感動できるって、幸せなことですね。


作品との出会いも、一期一会だと、

いつも、思っています。






心にのこるメッセージが、

たくさんあったのですが、

ひとつだけ。




主人公のバーナムには、ふたりの娘がありまして、

ひとりの娘が、バレエを習っています。




たまたま、

わが家の娘も、12才までバレエを習っていまして、

『トウシューズ』を履いて踊ることが、彼女の夢でした。


体を痛めてしまうので、

ある程度、脚に筋肉がつくまでは、

トウシューズを、履くことができないのですね。


彼女の努力が報われて、

先生から、「トウシューズ OK!よ。」と伝えられた時、


娘はもちろん、

家族みんなで、大喜びしたことを思いだし、

思わず涙。。。


(そこっ~?(^_^;))



幸せな記憶というのは、

美しいまま、ずっと心に残るものなのです。





浮き沈みの激しい、エンターテイメントの世界。


安定とは無縁の世界。



エンターテイメントの世界を生き抜くためには、

『崇高な芸術』

とは、言いづらい実情もあります。




光と闇が、あたりまえに存在します。



現実は、きれいごとばかりではないし、

すべてが、崇高とは言えないからです。





様々な差別や、


権力の乱用、


抑圧に屈することや、


パワハラ、セクハラ(もどき)。


犯罪ギリギリの線で、何とか綱渡り。



だって、


善も悪も、


聖も穢れも、


芸術だから。




特に男性(男性性)は、大変だな~と思います。

「稼ぐ」というサガを背負わされています。



生きるため(生活のため)には、仕方がない。


家族を養うためには、仕方がない。


仕方がないから、

感じないように、思考をとめる。




これは、

どんな職業であっても
(お堅いといわれる仕事でも)


どんな人にでも、


多かれ少なかれ、

自覚があることだと思います。




上を目指すためには、


首を切られないためには、


従うのは、仕方がない。




では、



本当の夢は、なんですか?


本当の願いごとは、なんですか?




仕事の成功。


幸せな結婚生活。


素晴らしいパートナー。


子供や家族の幸せ。


健康。



人に認められること。


お金持ちになること。


モテること。


美しくなること。



どれも、願いだと思います。





でも、


それは、あなたの本当の気持ちでしょうか?



もし、


本当の気持ちでないのならば、



誰かに言われたことを信じて、


勝手に思いこんで、


本音を、見ない、聞かないふりをして、




(自分のためではなく)


誰かのために、

夢や願いを叶え(ようとす)ることで、



自分には、価値があると思いこもうと…


誰かに、認めてもらおうと…



がんばっているだけ、


ただ、執着しているだけ、


なのかもしれません。


または、


そうではないかもしれませんが…。




自分だけが、知っていることです。







光と闇があるように、


善と悪、


美と穢れ、




笑い

楽しみ、


泣き、

悲しみ、

怒ることかできる、


すべての人間が、


善悪のような、

ま反対の要素を、必ず持っています。



感情があるからです。



だれもが、


「聖なる人」だけではありません。





だから、

私たち人間は、


みんな、おんなじなのです。




みんな、崇高で、


みんな、低俗なんです。




だからといって、



素晴らしいわけでも、


素晴らしくないわけでもないのです。






私は、


何でも、


自分で選んで、

自分で決めて、

自分の力を信じて生きてきました。


色々あって、

いっぱいヘコミもしましたが(笑)


後悔は、していません。



すべて、自分で決めたからです。





あらためて、

それに気づかせてくれた、


映画『グレイテスト・ショーマン』に、


感謝します。






『もっとも崇高な芸術とは、

人を幸せにすることだ』




今の私は、

この言葉に、もっとも共感しました。






私とパートナーは、


『人を幸せにするため』にも、


補い愛ながら、


支えあって、


ふたりで、生きぬくのです。




そして、


生きぬくことで、


私たちふたりも、『幸せになる』のです。





鑑賞のあと、


新たな使命を授かったような、


そんな、気持ちがしました。





琴線に触れる芸術との出会いは、


人に感動を与え、


生き方までも、変えることができるんです!



それが、崇高といえる芸術なのかな。


姿、形態、形式は、

なんでも、いいんです。




みんな、

おなじなんですから。




気持ち(思い)を素直に表現しさえすれば、

サイコーに、素敵なんです。






今日は、

ちょっと熱く語ってしまいました~(^_^;)


映画を観ていない方、ごめんなさい。

ワケのわからない人、ごめんなさ~い。



感じたこと、素直な気持ちを、

勢いで、書いてみました~(笑)

スッキリしました~~。






長いのにぃ~


最後までお読み頂きまして、


本当に、ありがとうございます。