江國香織さん、素敵な作家さんだぁ。

 

恋愛の機微を表現することに長けていらっしゃる。

 

江國香織さんの小説に出てくる深みのある熟年女性には、いつも惹きつけられちゃうの。

 

この「神様のボート」に出てくる葉子も。

 

東京育ちで上品な両親に育てられたんだけど、本人は奔放で時に不良、そしてニコチンと切ない恋愛は経験済みよ、そういう大人の女性。

いるんですよ。

高校の時の友人の母親を思い出した。笑

 

私ね、江國ワールドにはまり始めてる。

 

きっと今そばにいる人と会話している時、どんな母親になりたい?と聞かれたら、

「江國香織さんの小説に出てきそうな、自分本位で生きることを神から許されてこの世に生まれてきたかのような、いくつになっても魅力的な母親になりたいの」って言いたい。笑

 

物語のあらすじは、こう。

 

葉子は、結婚していたにも関わらず、23歳の時に、ある男に出会い溶けるほど熱いの恋愛をした。

 

しかし、その男は、「どこへいても必ず君を探し出す、待ってて欲しい」と残し、葉子の元を去った。

その後、妊娠が発覚し、親や親戚の反対を押し切り、葉子は草子を出産した。あの人との子供。

 

そして、葉子は、当時の夫と別れて、娘と東京を去った。

 

ロマンチストな葉子とは対照的に、娘の草子は、名前の通り大地に根を張るように力強く聡明に、現実的に物事を眺めるように育っていった。

立派に育っていく娘を誇りに思いながらも、自分の腕の中にとどめておきたいという母の葛藤。

歳を重ねるごとに、パパは戻ってこないことを悟る娘。

そんなセンチメンタルな親子関係が、要約できないほどの想いが詰まった物語。

 

<なぜ引っ越し続けたのか?>

 

葉子は、街に慣れることを嫌った。

本文にもある通り、「馴染んでしまったら、『あの人』には会えない気がするから」

 

生活拠点が不安定に変わっていく様子は、葉子の心を表しているようだった。

街を転々とすればするほど、2人を乗せた「神様のボート」は世間から孤立していく一方で、2人の絆は深まっていくように描かれていた。

 

高崎、川越、高萩、佐倉、逗子…

引っ越しのたびに読者は「またか」と思う、「いつになったら『あの人』は現れるんだろう」と。

物語の5分の4は、特に大きな転換もなく、引っ越しの繰り返しが描かれているのだが、

何度も続く引っ越しにより、「あの人」を待っている期間の長ったるさを上手に作り出していることに気づいた。

 

 

<タイトルの「神様のボート」に込められた想い>

 

葉子は、26歳で、夫に別れを告げて、娘と「神様のボート」に乗った。

絶対に「あの人」は私を探し出してくれるという確信があった。

一心不乱に愛した男性を信じて待つ、16年間。

 

暗闇の中の航海は、信仰に近いものを感じた。

反対する親や親戚のいる東京を捨てて、旅がらすを続ける葉子の中に

「あの人」だけを信じて祈り続けているような姿が見えた。

葉子にとって、あの人は全てで、神様なのだろう、と私は勝手に解釈した。

 

 

<最後の結末>

 

草子が寮生活を始め、元夫の家に戻ると彼は新しい家族と暮らしていることが判明し、葉子の人生は暗転してしまった。

ロマンチストから偏狭に変わってしまった葉子が悲しく描かれていた。

 

そして、物語の最後、

「死は安らかなものとしてここにある。…いつか私たちが死んだら…」という文章から始まり、

葉子の視点から「あの人」と再会するシーンが描かれている。

 

夢か現実か、それともあの世へ行ってしまったのか。

小説によくある曖昧ないろんな解釈ができるような終わり方。

 

葉子「信じられない、と思ったのか、やっぱり、と思ったのか、区別がつかない。」

あの人の声は、「穏やかな、懐かしい、私を骨抜きにする、いつもの声だった。」

「言葉を見つけるまでに一年はかかりそうだった。安心して泣くまでにもう一年、首に腕を回して抱きしめるには、さらに多分一年かかる。」

 

この最後の一文のために長い小説書いていただいたようなものですよ。

本当に、愛おしいわ。

 

娘の客観的な意見を受け入れようとしない葉子に、最後の方は狂気を感じていたけれど、読み終わって散歩しながら、そういえば、私も、23歳の時に大恋愛したなと思い出した。

20歳年上の人を好きになった。

 

恋愛って、その2人にしか分からないことがあるんだ。

周りの声なんて聞こえないし聞きたくない時がある。

私は、読みながら葉子を狂ったやつだと思ったけど、それは私自身だったんだな。

 

懐かしいなぁ。照