ある日、車に乗っていると
パチ…パチ…
とマトちゃんが手を叩いていた。
「えっ!マトちゃん!パチパチできるの!?」
マトちゃんに聞いても、知らん顔。
「もう一回やって!マトちゃん、パチパチ~!」
マトちゃんの前でわたしもやってみるが、知らん顔。
理学療法士さんに伺うと、
「拍手ができるというのは模倣の時期がすぎているのかもしれない」
と言う。
模倣…。
絶対できないと思うんだけどな…。
マトちゃんに何かを見せても、彼は知らん顔。
いないいないばあも喜ばない。
↑「いないいない…」のうちに別の方向を見ている…。
「マトちゃん、パチパチ~!」
とか
「はいどーぞ!」
とか
見せても模倣の影もない。
そこは、後天性障害ならではの、発達のアンバランスさなのだろうか。
もしかして、もっと発達が進んでから脳症にかかったなら、もしかしたら覚えていたのかな。
最近、そんなことを考える。
歩けてからだったら、今頃一歩が出ていたのかな?
話すことを覚えてからだったら、少しは話せたのかな?
「脳は幼ければ幼いほど可塑性がある」
その言葉を希望にしていた。
それは、大きくなってからより幼い時の方が回復する力があるという意味なのだと思うけれど、
その「回復」の部分は、「発症当時まで」という意味だと最近になって思い当たった。
それまでは、その後の発達に関しても可塑性の為せる業で進んでいくと信じていた。
幼ければ幼いほど…。
少しずつ、進んではいる。
掴まり立ちなど、発症前にできなかったことができるようになってもいる。
でも、やはり発症前にできていなかったことは、獲得するのが難しいように感じている。
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