お札になった津田梅子 | 雨の日も風の日もそして晴れの日も! In アメリカ

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1998年、国際結婚を機に渡米。 アメリカの企業で企業管理者として勤続25年。本業と並行して、英会話コーチしています。バリキャリアラフィフ女の笑える日常生活をアメリカからお届けします!私の詳細についてはプロフから!

テレビドラマ、津田梅子~お札になった留学生~を見ました。

 

え?なんで津田梅子?って思ったけど、きっと3月8日の国際女性デーにちなんでってことなのでしょうかね。

 

と、20年ぶりに新紙幣が発行されるにあたって津田梅子が5千円札になるらしいのでそれも記念して(え?)

 

6歳の時に政府の代表としてアメリカに留学、そして11年間もアメリカ生活を送ったらしいです。

 

1871年だって。

 

151年前ですよ。

 

そんな昔に、それも戦前の日本で、政府が日本人女性をアメリカに留学されるなんて、こんなぶっこんだ企画があったんですね。

 

この時代の日本が求める女性の在り方とか、そういう時代風景を考えると、女性が学ぶ(それも海外で)って容易な事ではなかっただろうなと想像がつきます。

 

私の時代でさえも、女が4大なんか行ってどうするの?って言う古い考えの人がまだ田舎にはいましたから。

 

私も留学終わって日本に帰国した時は、相当な逆カルチャーショックで、正直日本で社会人として生きていく自信はこれっぽっちもありませんでした。

 

梅子も相当欧米化して帰って来て、当時の日本は、結婚して出産する以外には女性にはあまり価値がなく、いろんな葛藤の中、自分のやりたいことを目指して生涯独身を貫くことを決意。
 

でも正直、私の心の中で、本当に彼女は幸せだったのかな~なんて思ってしまいます。

 
6歳で親元を離れ、生涯独身を貫く。
 
こんな事言ったら、そういう考え方が古いって批判されそうだけど、他の人とは全く違う人生を送った彼女。
 
日本の代表として政府から派遣されたから、絶対に何かを成し遂げなくてはならないと言うプレッシャーはいつもあっただろうし。
 
日本人、責任感が強く、真面目な人が多いですからね。
 
オリンピック見てても思いました。
 
みんなものすごい日の丸背負ってんな~、世間もどんだけ日の丸背負わせるんだよ、って言う。
 
確かに日本代表で、私たちの期待ではあるけど、もうちょっと自分中心でいいのに、みたいなね。
 
きっと成功の陰には、悲しみとかもあったと思うけど、こうやってお札になり、日本の顔になったって言う事が、きっと彼女にとって最高の報いとなったことでしょう。