このブログは、もうおそらく更新されません。
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テーマ:ショートストーリー
2009年05月05日

 またこの店に来ている。この店に来るとき、私がいつだってひとりなのは何故だろう。懐かしい問い。前も同じことを考えたことがある。ひとり用の店、友人の欠如、ただの偶然――、すべてがこじつけ以上の意味を持ったことがない。 
 空がまだすこし赤い。ソケットから出したばかりのシガーライターの色。ひょっとすると、この店の入口が狭いからなのかも知れない、などと、今日の私は変なことを考え始めている。考えるが先か、茶室の躙口の大きさ、それが自動ドアになっている。この店には、それが七つある。ガラスドアを割る人、うまく店内に入る人、躊躇して帰る人、みんな黒い服を着ている。私は、と思い、自分を見ると、私も黒い服を着ている。

 友人が死んだ。まだけっこうに若かった。私の顔を見ては、「死ぬなよ」といつも言っていた。その友人が、この店のとなりで魚屋をしていた。 
 あの魚屋は、彼が死んだあと、どうなっているのだろう。売りに出されたのか、店主が代わったのか、混乱した頭ではうまく思い出せない。悲しいとも思えず、彼が死んだのは夢だったか、今ではもうよく分からない。 
 この店の中は、思った以上に広く、驚く人も多い。その割に入口が狭いのは、私がひとりであることと無関係ではないような気がしている。躙口式の自動ドアには、足の挟まっている人がいて、トカゲの尻尾のように足を外に残して店内に入ると、そこには足が売られている、そうしたビデオをこの店で見たことがある。 
 この店では、自動ドアを抜けて中に入ると、入口が消えて出口になる。 
 店の中、私は店内を見渡している。内装が少し変わっていることに、私は気付き始めている。窓の向きも、レジの位置も、売られているものも、何もかもが少し違う。懐かしく思うくらいに、前に来たときと、何もかもが変わっている。 
 さっきまでのレジが、まばたきをするとカウンターになっている。私がそこに座っている。「お久しぶりで」と話しかけてくる店主には、ふしぎなことに見覚えがない。前の店主は、「違う、なにも売っていない」が口癖だった。 
 Coccoによく似た店員が、窓の外を眺めている。彼女は、私の問いかけに、ずっと気付かないふりをしている。 

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テーマ:ショートストーリー
2008年12月13日

お好み焼き

 別れた恋人に会った。
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テーマ:雑記
2008年12月05日

12月のカレンダーを赤く染めてみたい

 久々に復帰しました、たまゆらです。

 「壁」から「雨音が欠けている」までは、一連の作品になっています。

 別に普通の書き方に飽きたわけじゃないんですが、文体にしろ、話題にしろ、風呂敷にしろ、広げられるものは広げておきたいと私は考えます。

 詩と小説の間隙を縫うような書き方をしていますが、この書き方はけっこうに危うくて、ストーリーを忘れてしまいそうになります。

 このブログでも、以前には何度か実験的な手法を試していたりするんですが、こうして前衛に向かうたび、思うことはいつも同じです。

――もっと普通の書き方をしたい。

 そろそろ、「姉と弟」のような、今のところの僕のニュートラルな文体で、何か書いてみたいものです。

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テーマ:ショートストーリー
2008年12月04日

雨音が欠けている

 春の終わり、鳴き声が聞こえる。

 これはあの日だろうか、何度も夢に見た、あの景色に似ている。

 あなたが三毛猫を見つけたあの日、

 風が吹いて、窓の揺れた、あの日にとてもよく似ている。

 あれは夢だったのか、それともこれが夢なのか。

 どちらでもいい、あなたならそう言うだろう。

 わたしは何も言わないだろう。

 どちらにせよ、ここにはあなたがいない。

 息を止めて、耳をすませば聞こえた、あなたの寝息が今は聞こえない。

 わたしは立ち上がり、電気をつける。

 光が部屋を作る。

 日記には日付がつきものだけれど、今日の日付が分からない。

 西の壁を見やっても、カレンダーはぼやけ、白い壁に溶け込んでいる。

 ああ、またあの声が聞こえる。

 この声を招き入れたのはだれだろう。

 草むらの向こうに、木のドアが開いている。

 何故だろう、見覚えがあった。

 たぶんわたしは、何度か、このドアを開けたことがあった。

 このドアを開ければ、もう一つのドアがある。

 その先へは行ったことがないような気がした。

 わたしはその先へ行かなければならない。

 けれどもそれには雨音が欠けていた。

 

 わたしはこうして夢を見ている。

 何処だろう、あの人がいない。

 ふたりがまだクラスメイトだったころ、

 夜が来るたびに頼りなげに触れた、

 線の細い、男にしては柔らかなあの手が、

 今では夜に吸い取られてしまった。

 手をつなぐ代わりに、屈み込んでサンダルに触れた。

 空が暗い。

 呼んでいる。

 ああ、何て懐かしい声だろう。

 雨音のような、LPのような、白黒のような声がする。

 わたしは雨を待った。

 降るはずだと思った。

 降らなければ嘘だと思った。

 あの人を思い、一つ目のドアを開けた。

 わたしは既に知っていた。

 そこにはドアがあった。

 にわかに雨音がした……ような気がした。

 手を出して雨に触れた。

 あたたかな雨、生まれた街のにおいがする。

 それなのに、どうしてだろう。

 雨はこうして降っているのに、わたしは雨に触れているのに、

 まだ雨音が聞こえない。

――おかあさん。

 不意にあの人の顔が浮かぶ。

 ドアに手をかける。

 わたしには開けられない。

 ここには雨音が欠けている。


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テーマ:ショートストーリー
2008年12月03日

春の終わり、傘の花

 「みけこ」がこの家にやってきたときのことを、わたしは直接は知らない。

 ずっと前からこの家にいたような気もすれば、ある日突然に、ふらっとやってきて、何食わぬ顔で居ついてしまったような気もする。日記を書かなくなったわたしにはもう分からない。

 ただ、「みけこ」は、妻よりもわたしによくなついた。

 エサをやるのは妻の役目だが、遊ぶのはわたしの役目だったから。

 妻はそれを口惜しがるでもなく、ただ淡々と日々をやり過ごしていた。何に興味を持つでもない。何に興味を持たないでもない。何枚ものチラシを二つ折りにするようにして、妻はひたすらに毎日を裏返しにしていった。

 妻は、学生時代よりも格段に減った口数を、何か別のことに使っているようにも見えた。

 そんな妻ではあったけれども、妻は、その時のことを、つまり、「みけこ」がこの家にやってきた日のことを、何故だかとてもよく覚えていて、ふたりで居間に座っているとき、車に乗っているとき、散歩をしているとき、急に思い出したかのように、それが何度目であっても、初めて話すかのように、楽しそうに、わたしに「みけこ」の話をするのだった。

 とはいえ、決まって「あれは嵐の日だった」から始まるその話はいつ聞いても胡散臭く、わたしには、それが本当のことなのか、いまだによく分からないままでいるのだった。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 わたしにはもう、うまく思い出せないんだ。

 お前はいつここにやってきたんだったっけ。

 それとも、お前は、ここで生まれたんだったか。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 僕たちの手によって、僕たちが動かされている。

 それが終わって、僕たちは、何かに動かされるようになったんだ。

 あれは確か、ある嵐の日だった。

 風が吹いて雨が降って、地面は季節に反して冷たかった。

 あれは春の終わりだった。

 あの日を境に、春は知らぬ間に虹になってしまった。

 花が散ったと思ったら、通りには傘の花が咲いていた。

 わたしをおいて、季節は梅雨になっていた。

 わたしは傘をさしたかった。

 わたしは傘を買いたかった。

 まだ春がここにいると思えるような、鮮やかで、可憐で、虹よりも控えめな、そうした傘がほしかった。

 わたしはあの日、思い出したかのように、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』を読んでいた。

 雨が降るようにして、一つ一つの文字が地面に落ち、楕円、シャボン、細長い、さまざまなかたちの水たまりを作った。

 夕食にはチャーハンを作った。

 あなたはおいしいと言った。

 嬉しかった。

 風が吹いて、窓が揺れて、わたしはあなたに抱かれたいと思った。

 手に触れたかった。

 髪をなでてほしかった。

 声でも、胸でも、指先でも、爪の形でもいい、どこでもいいから、わたしのどこか一つを褒めてほしかった。

 頬に触れた。

 涙をこらえるのに必死だった。

 雨音が途絶え、ただ頬を触れていた。

 ねえ、名前を教えて。

 あんたの、すてきな、あんたよりもわたしに似合う、

 手もつなげなかったころの名前を教えて。

 手をつなげないわたしたちは、よく傘をさした。

 雨が降れば、傘がふたりをふたりにした。

 あの日も雨が降っていた。

 雨と傘が、ふたりを隠してくれた。

 あれは春の終わりだった。

 あなたは三毛猫を見つけた。

 三毛猫は雨に濡れていて、その手では傘をさせなかった。

 頬に触れた。

 その猫を家に入れて、押入れのストーブで、ふたり名前をつけた。

 根がないふたりには、その名前が似合っているような気がした。

 だから三毛猫は「みけこ」になった。

 ねえ、名前を教えて。

 あんたの、すてきな、あんたよりもわたしに似合う、

 手もつなげなかったころの名前を教えて。

 名前を忘れたわたしたちには、きっと、あの日の雨が必要になる。

 春が虹になるように、わたしたちは、きっと、名前をつけ直さなければならなかった。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 お前は、春の終わりにやってきたんだ。

 思い出せないのはどうしてだろうなあ。


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テーマ:ショートストーリー
2008年12月02日

色のついたボール

 「なあ」と、わたしは隣で眠るみけねこにめくばせをする。

 こんな話は、退屈じゃないかい。

 さっきみたいに、色のついたボールを使って遊ぶかい。

 わたしがそう言っても、みけねこの「みけこ」は、首をふわふわと振ったり、小さな口であくびをしたりと、どちらに解釈をしても許されそうな、逆に言えば、どちらかに決めたならその選択が誤りになるような、そうしたどちらつかずの様子で、今では、前足を使ってシーツの上をなでている。

 シーツからは、シャラシャラと気持ちのいい音がした。

 日記を書くことをやめたせいで、わたしたちは、それこそばらばらにされ、社会に投げ出されることになった。

 中学時代、まったくうだつのあがらなかった堂上健二は市議会議員になった。

 美しかった尾上恵子は、さらわれて死んだ。

 担任の田中洋介は校長になった。

 わたしたちが通った中学校は用地買収されてアピタになった。

 わたしは月並みな進学校を出て国立大学へ行き、妻はわたしとは違う高校を出て、けれども結局はわたしと再びクラスメイトになった。

 わたしたちが毎日せっせと日記を提出していたころ、社会は、学校は、つまりわたしたちは何も変わらなかった。

 わたしが彼女とのデートを書いた日、わたしと彼女は決まってデートをしていた。

 わたしが勉強をした日記を書いた日、わたしは決まって試験の勉強をしていた。

 けれども、日記を書くのをやめた途端に、社会や世界が、わたしたちから急に遠ざかって行ったような気がするのだった。

 わたしは「みけこ」を手に抱いて、さっきまでシーツをシャラシャラとさせていた「みけこ」の手に触れた。

 「みけこ」の手には、えんぴつも、ペンも、消しゴムも、何も持つことはできないだろうと思った。

 わたしが書いた日記にわたしたちが動かされていたようには、「みけこ」はこの世界を自由にはできないのだろうなと思った。

 ただ、その分、「みけこ」は世界から自由でいられるのかも知れない、わたしはそうとも思うのだった。

 「みけこ」、もう、やめよう。 

 退屈な話は、もう、やめて、あの、色のついたボールで、何も考えずに遊ぼう。

 わたしはボールを向こうに投げ、「みけこ」はそれを取りに行く。

 ボールは棚の下に入り、「みけこ」はその下にもぐりこんだ。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 わたしが妻と違う高校に行ったとき、世界というのは、やっぱり、動いていると思ったんだ。

 わたしの手とは違う理屈で、違う数式で、違う手によって動かされている。

 そう思ったんだ。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 それが、なぜだか妻は、わたしと同じ大学に来たんだよ。

 覚えているんだ。

 彼女はわたしに、「久しぶりだね」と言った。

 まるで、そうなると知っていたような口ぶりで。

 わたしの入学先なんか知らないはずなのに、彼女は、わたしのところに来たんだ。

 ふしぎだなあ、「みけこ」。

 僕たちの手によって、僕たちが動かされている。

 それが終わって、僕たちは、何かに動かされるようになったんだ。

 「みけこ」は走り、ボールは床を転がった。

 そのボールは地球のようにも、月のようにも、妻の瞳のようにも見えた。

 「みけこ」がにゃあと鳴く。

 その声は明日から聞こえてくるように、遠く、かすれていて、わたしは妻の不在を思った。

 「みけこ」の手には、何も持つことはできない。

 それがわたしと「みけこ」とをこうして分かつ。

 ボールが戻ってきた。

 色が変わっていた。

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テーマ:ショートストーリー
2008年12月01日

礼子と礼奈

――何処へゆくの?

 懐かしい声が聞こえて、咄嗟に私は両耳をふさぐ。懐かしさは、悲しみや切なさとだけではなくて、時に後ろめたさともつながっている。けれども、それは普通懐かしさとは呼ばれずに、懐疑や後悔などと呼ばれ、胸とは別の、どこか暗いところに閉じ込められている。

 その場所は、押入れというよりは、墓場に似ている。何故だか人は、そうした記憶は「墓場まで持っていく」ものだから。

 その声の持ち主なら、私には分かっていた。私を生み、捨て、それでも私を育ててくれた人。その名残としてなのか、私の名前とその人の名前とは、とても綺麗な頭韻を踏むのだった。

 礼子と礼奈。「お母さん」と呼んだり、髪を結われたり、夕飯の相談をしたり、そういったごく当たり前の出来事でさえ、「子」を「奈」に換えれば、母親が娘になる、そうした関係の二人には、とても不似合いに思われた。そこにはきっと何かが足りなかった。

 もちろん私だって一応は娘だから、その声を聞きたくないわけではなかった。そして、たぶんならその声は、私のもっとも古い記憶たちとつながっている。その声をたどれば、眠る前の二十分、閉じた目蓋の裏側に、あのころがふとよみがえるような気さえする。

 聞こえた後に耳をふさいでも、その声ならこの耳に残る。懐かしい声だ。それはあのころから変わらず、それゆえに過去の記憶と共鳴するような、懐かしい、そうとしか他にいいようのないような、つまりそれは、私と一文字違いの名前を持つ、母親の声なのだった。

 必死でふさいだはずの両手は、意図せず、その声を逃すまいとしているようにも見えた。

 それを私は再度後悔し、そして舌打ちをする。

 それは数少ない、母親の癖だった。

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2008年09月21日

僕たちの手によって

 中学生だったわたしたちは、日記を書いて、それを毎日提出しなければならなかった。
 それが、どこの学校でも行われている儀式なのかは分からない。
 わたしの数少ない友人たち(パン屋の「ドン」、寝てばかりいる「小太郎」、犬を飼っている「まさこ」、文学部の准教授をしている「介三」、いま思い浮かぶのはそれだけだ)、彼らは、「日記の提出なんて、小学生までだよ」とか、「いまじゃあ日記はmixiの手に渡ったね」とか、「日記文学はメモにすぎぬ」とか、「小中学校のころは、みんな、担任と交換日記してたってわけかあ」とか、そうしたことをいっている。
 それはともかくとして、わたしたちは、毎日、日記を書くために、毎日、何かしらの出来事を起こさなければならなかった。
 バイクで教室にやってくるやつ、裁縫をするやつ、野球をするやつ。
 それはいろんなやつがいた。
 たとえば、わたしと彼女は、日記を書くために、恋愛をした。
 それはあるいは、逆だったのかもしれない。
 つまり、ふたりはただ単に恋愛をして、それを日記に書き写していただけかもしれない。
 けれど、いまこうして日記を読むわたしには、日記が出発点になる。
 彼女はねむっている。
 まだ影が消えてしまう前、影と彼女が同じだったころ、僕と彼女が、違う名前だったころ。
 彼女は僕の膝でねむっている。
 とても気持ちのよさそうに。
 今にも不安におしつぶされそうな顔をして。
 けれども、そんなことはおくびにも出さないで。
 日記の中に私がいるの。
 まだ自分の名前にも、慣れていない。
 煙草を吸えば咳き込んでしまう。
 少しでも、おしゃれに見えるように。
 少しでも、すてきに見えるように。
 日記の中の私は、あなたが好きだった。
 まだ、キスなんて知らなかったね。
 この、あんたの、きたない字で動かされてる私たちって。
 まだ好きさ。
 買い物に行かなきゃね。
 きみのことが。
 あのころ、日記を書いていた指。
 とても気持ちいい。
 まだ好きさ。
 ほっぺ、制服、日記、宿題、全部好きさ。
 名前を教えて。
 あんたの、すてきな、あんたよりも私に似合う、
 手もつなげなかったころの名前を教えて。
 あのころ、僕たちは、公園を歩いて、あのころ、僕たちは、図書館で本を読んで、あのころ、僕たちはしりとりをして、あのころ、僕たちは、あのころ僕たちはデートをした。
 手をつなぐか、つながないか。
 それを考えるだけで、息や、風景や、ものごとや、きみや、時計や、胸や……、時間以外の全てが止まるような思いがした。
 とても好きさ。
 日記を書く前から、ふたり出会う前から、クラスメイトになってから、隣の席を夢見た日から、きみの名前を聞く前から。
 動かされている。
 僕たちの手によって。
 僕たちが動かされている。


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テーマ:ショートストーリー
2008年09月21日

集合論

 彼女と出会ったとき、彼女はまだ中学生で、わたしもまた中学生だった。
 そしてまた、ふたりはクラスメイトだった。
 ただ、ふたりはクラスメイトだったが、そのクラスには、覚えている限りでも四十人はいたから、ふたりはクラスメイトだったが、クラスメイトは四十人だった。
 「2=クラスメイト=40」
 つまり、日本語にすると、何ら無矛盾なのだが、ひとたび公式的に書き直すと、途端にそれは矛盾的になるのだった。
 嘘つきのパラドックス……。つまり、意味論的パラドックス。
 あるいは、集合論のパラドックス……。つまり、論理的パラドックス。
 エピメニデスやラッセル。そして、ゲーデル。
 彼らの名前を出すまでもなく、自己言及が矛盾を呼ぶ。
 ということは、名前を同じくするふたりはクラスメイトなのだから……。
 わたしはこの矛盾にすがった。
 壁が壁にキスをする矛盾。
 それは、矛盾が運んでくるほかはないと思ったのだった。
「「2=クラスメイト=40」であるということ。きみは、これをおかしいと思わないか?」
「くすくすくす。ちっとも、うん、そうだ。ちーっとも、そんなふうには思わないわ、このお馬鹿さん」
 彼女は、ぼんやりと時間割を黒板に書きながら(彼女はその係だった)、とても愉快そうに笑った。
「どうしてだい? だって、「2=40」というのは、おかしいじゃないか」
 彼女はふうっとため息をついた。
 はらはらと、チョークの粉が舞った。
「集合論」
 彼女はぼそっと言った。
「集合論?」
「そう。「ふたりはクラスメイトだった」というとき、また、それと同時に「クラスメイトは四十人」というとき、それは、「ふたり⊂クラスメイト」「クラスメイト=四十人」と書かれるべきなのよ。よって、その問いが前提とする「2=クラスメイト」という命題自体が破綻しているの、2008年のリーマンブラザーズのように」
 彼女は、もう一度くすくすと、けれども、ほんのわずかに、誇らしげに言った。
「ほんと、バカなんだな、きみは」
 彼女の持つチョークが、ばぎっと、音を立てて折れた。
「「ふたりはクラスメイトだった」というとき、そのときの「ふたり」は、数字の2としてではなく、主語として捉えるべきなんだ。つまり、「ふたり=2」なのではなく、「ふたり」は「ひとつの主語」なんだよ。それを前提として、はじめて「ふたり⊂クラスメイト」と呼ぶのが本筋だ。きみは、僕の問いの前提が破綻しているといったけれど、それを破綻していると述べた君の考え自体が破綻しているのだ。このくそボケが」
 彼女と出会ったとき、彼女はまだ中学生で、わたしもまた中学生だった。
 そしてまた、ふたりはクラスメイトだった。
 「くそボケ」という言葉に彼女は驚き、その驚きに乗じて、「舌⊂口」が成った。
 舌=2だったが、けれども、それはまた同時に、舌=1でもあった。
 ふたりはクラスメイトだった。
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テーマ:ショートストーリー
2008年09月15日

 ああ、この壁からは、懐かしい声がする。
 僕も、彼女も、ふたりの子供も、じっと壁をみつめていた。
「おとうさん」
「何だい、喪服」
「この壁をみつめていると、僕の名前が喪服だというのも、分かるような、気が、するね」
「そうだろう、喪服」
 私は嬉しそうに言った。
 彼女はおし黙っていた。
「おとうさん」
「何だい、ちんぽこんぺいとう」
 私は目を細めて言った。
「この壁には、何も映りはしないけれど、うん、そう、けれどね、この壁からは、いろんな声が聞こえてくるの」
「どんな声だい?」
「おおい、とか、この野郎、とか」
「他には?」
「お前のお袋はカンガルーに似てるんだ、とか、うふふ、やだ、笑っちゃう」
 ちんぽこんぺいとうにつられて、私も楽しそうに笑った。
「うん、そうだな。たしかに似ているね」
 彼女は手に持った紙を指でいじくりながら、おし黙っていた。
「ねえ、おかあさん」
 喪服が彼女を呼ぶと、びくっと、彼女の肩が震えた。
「おかあさんの名前は、なんていうの?」
 彼女の胸は波打ち、はっはっはっと、呼吸は強く、それでいて単調になる。
「喪服?」
 私はできるだけ優しい声で、喪服に言った。
「おかあさんはね、過去に、とてもつらいことがあったんだ」
「つらい、こと?」
 喪服とちんぽこんぺいとうの声が、重なって聞いた。
「そうさ。日焼け止めクリームのかかったホワイトクリーム・オムライスをおやつに出されたり、だとか、貯金をして、せっかく買った新日鉄の株券を、紙巻きたばこや、てんぷらの油とりに、使われたりだとか、そうしたむごい、というか、むごめの、やばめの仕打ちを、何度も、執拗に、執念深く、おしゅうとから受けてきたんだよ」
「それは、ほんとう?」
「ああ、本当さ。他にも…」
「やめて!」
 私が言いかけると、10年ぶりに、彼女の声が聞こえた。
 それは、変色して、いちばん大切な部分が風化してしまった、けれども、確かに、愛しくて、いやらしくて、声の大きい、乳首の敏感だった、彼女の、私が何ヶ月もかかって「落とした」、彼女特有のくぐもった声なのだった。
「全部、わたしは、忘れたの」
 彼女はなかば泣いていた。
「シュレッダーされてしまった紙くずを、血まなこでかき集めて、書類を復元させるように、あるいは、その逆であるかのように、わたしは、それらの、嫌な思い出を、ひとつひとつ、消していったの」
 彼女は壁を見上げ、そこにあった「しみ」に、目を合わせている。
「それが、いま、やっと、消えたの」
「おとうさん、影が…、ほら、影が」
 喪服の声の方を見やると、彼女の影が、今にも消えかかっている。
 彼女の名前は、「壁」といった。
 私の名前と、それは、不思議にも同じだった。

 


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