それは、突然始まった。

朝起きたと同時に、「今日は、今回の土祭が見られる最後だ。」と心によぎった。

土祭。 それは、栃木県益子町で3年に一度開催される祭り。

先日益子に髪を切りに行った時、土祭の開催中であったことを、訪れたことで偶然知った。

その日は、雨の夕方。

今日では無いと感じ、その日はそのまま益子を後にした。

 

長雨続きの日々に、久しぶりに訪れた晴天。

秋の風が心地よい。

そして土日に台風が来ることを考えると、今日が土祭の最後の晴天の日となるだろう。

 

けれどこの日は定期健診のため、病院の予約が入っていた。

今は通院が、第一に優先することと決めている。

病院へ向かうために、車を走らせる。

けれど青い空を眺めていると、過去の土祭のことを次々に思い出す。

そしてその中で、ふと鮮烈に、橋本雅也さんの鹿の角を使った彫刻作品のことが、心から離れなくなってしまった。

 

starnet zone

2012年、馬場浩史さんとの対談「風の回廊」

仕事が入っていたので、行くことはできないと思い、気持ちの外へと出していたイベント。

けれど思いの外早く仕事が終わり、間に合わないかもと思いながらも、でも理由なく大丈夫だと思う気持ちがそれ以上に後押しをしてくれて、なぜか車の流れもスムーズに、奇跡的に開演前に到着することが出来た。

その時間の中で私は、アーティストの役割と、アートというものの本当の意味を知った気がした。

そして、土祭の総合プロデューサーであった馬場さんの言葉。

「土祭では、それぞれの場所に、アートを捧げる」

確かに、人は、太古から、未知なる守護を与えてくれる存在へ、アートを捧げてきたのだろう。

以来、その言葉は、折に触れ、私の中に甦ってくる言葉となっていた。

 

何故かとても気になってきて、最寄りの駐車場に車を停め、土祭のサイトを調べてみる。

橋本雅也さんの作品が、山本八幡宮に展示されているという。

また、あのアートに出会いたい!

心が熱くなってきた!

そして次の瞬間には、病院へ、予約変更の電話を入れる私がいた。

先生、ごめんなさい。

でも、このアートには、今年しか、そして今日しか会えないから、そう心の中で謝って、車の行き先を変更する。

3年に一度の土祭、そして、次回は、展示が変わってしまうのだ。

 

筑波山を右手に望み、緩やかな道を、軽くハンドルを切りながら、益子へと向かう。

「いろのみ」を聞き始める。アルバム2枚分の時間。

里山を思わせる色とりどりの音に包まれながら、気持ちはもう益子へと飛んでいる。

そうして思う。

たった一つのアートのために、予定まで変えて、こうして車を走らせている。

でも、あのアートに会いたい!と思う純真な衝動が、こうして道を進ませるのだ。

ハートの衝動。

そういえば、モナリザだってそうだ。

あの微笑みの実物に向き合いたくて、世界中の人が、ルーブルまで足を運ぶ。

本物のアートには、人を動かす力がある。

理由も、メリットも、分からないまま、でも分かっていることは、胸が熱くなり、自分が引かれているという事実だ。

ハートの衝動のままに動くことを、退院してから、頻繁にさせてあげられるようになった。

そして本当に、胸が熱くなる体感をする身体になってしまった。

今しかできないことは、今するのだ。

そうすると、シンクロンシティが起こり始めることは良く知っている。

まるで魔法みたいに、シンクロニシティの連鎖が起こり始めるのだ。

 

 

木の回廊を上っていく。

目の前に広がる森が、トトロの森みたいに見えてくる。

ここから、既に、始まっている。

 

 

やがて、川崎義博さんによるインスタレーションが出迎えてくれた。

木々の間から、きっとその時々で変わる木漏れ日が、その白い布とガラスを彩り、決して同じ瞬間が無い光景を創っている。

これが、自然と共生するアートの姿。

 


手水鉢の中の鹿角で創った羽根

 

灯りとして捧げられた鹿角の彫刻

 

宮前に手向けられた鹿角で創られた一輪の花


本堂に入る。

 

 

陶器に清水を張った、3つの水盤が待っていた。

 

西に傾き始めた日差しが、格子窓から差し込んでくる。

その光と陰の印影が、モザイクのような光を水盤の上に映す。

水盤の中には、鹿の角で創られた、繊細な白い花と花びらの一片。

 

心がハッとした。

そこに在るのは、静寂と純粋、そして捧げるという精神。

 

それに触れ、ハッと心が開かれる。

開いた心へと、その水盤に私が映して見たモノが、すぅっと流れ込んできて。

そして、どこまでも心が透き通ってゆく。

 

あぁ、私が知りたかったのは、コレだったのだ。

このための今日。

この瞬間のための、今この時までの流れ。

 

撮影不可とのこと、この光景を焼き付けようと、その印象に集中する。

それは、光と影の印影を以って、モノクロームの写真のように、そうして心に焼き付いた。

 

やはり、今日だったのだ。

今日、この日の光と風、そして今日の私が放つモノと、受け入れる心の器、それら全てが創り出した瞬間の大成、それをアートと呼ぶのだろう。

インスピレーションは、それを受け取るタイミングを、いつも忠実に教えてくれる。

気付き、体験させてあげることができるかは、自分次第。

そして、これからの私は、出来得る限り、それをさせてあげよう。

魂を震わせる体験、そのために、今を生きているのだから。

そして私のセッションも、そのように在り続けるように歩み続けよう。

そのことに改めて心を決めた、秋の日の一日だった。

 

 

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