泣きたいくらいの懐かしさを感じて、目を開けた。
(・・・?)
夜になりたての紺灰色の空が迫ってくるような錯覚。
小雨が降っているのか、幾粒かの雨が頬を打っている。
もっとよくそんな空を見たくて開けたかった眼は、突然襲いかかった鈍痛に拡大作業を中断せざるをえず。おぼろげにしか世界を映してくれない。
柚梨―――!
そんなおぼろげな世界の中で、遠くから投げかけられた言葉を聞いた。
柚梨・・・ゆずり・・・?
・・・ああ、それはわたしの名前だったはず。
世界の他にも少し、わたしの意識もおぼろげみたいだ。
何を考えたらいいのか、ぼんやりと空白を抱き思い巡らせてみたくなる。
それに視界を蝕む痛みに感化されたのか、体中を苛み始めた鋭い痛みの意味も。
そして一体全体、何故どうしてどういう経緯があってわたしは夜も更け出すこんな時間にコンクリートの冷たい地面に背を預けて倒れているのか。それでどうしてこうやって目を覚ますことができたのか。
何もかも、分からない。
遠のきかける意識を、痛みが繋ぎとめている。
いっそ目を閉じてしまいたい。
どうしてこんなに、わたしは痛んでいるんだろう。


何かを考えるより早く、どうして目を覚ますことができたのかはすぐに分かった。
「柚梨っ!!」
もう一度、名前を呼ばれた。それはわたしを眠りの世界から引っ張り上げる呪文のようだった。今度ははっきりと、とても近くにその音を感じられる。
それは聞き覚えのある、聞き慣れた声のような気がした。
どんなに冷たくても、何よりも心地よく響くその音は、今はとても切迫した雰囲気を纏っている。
少しだけ泣きそうな、苦しさをも秘めている。
(この声、)
き、りゆ・・・?

―桐結。

その名前に思い至った瞬間、紺灰色の世界の中に誰かが唐突に割り込んできた。