鬱が酷くて苦しくて苦しくて苦しくて、死にたくてでも死ななくて、苦しんでいた時
母が電話してきて必死に話していたら様子がおかしい事に気がつかれ、あんた鬱なんじゃ無いの?って言われた。

そうだよって答えたら
世界にはご飯も食べれず苦しんでいる子供がたくさんいるんだから、鬱だとか言ってないで頑張りなさいって言われた。

そしてその後その当時中国で大きな地震があって災害にあった子供達がテレビで沢山流されていた話しを延々と聞かされた。
もっともらしくご高説を垂れ流し、目の前で苦しむ子供より遠いどこの誰かもわからない他人の子供の為に涙を流す母

目の前で死にそうになっている私より、赤の他人の子供が可哀想だと、そしてお前は恵まれているのだから甘えるなという母。

子供の気持ちに寄り添うことはない。
いままで一度だって寄り添ってくれたことは無い
そもそも私に関心を持っていてくれたことがない。

無自覚に、無神経に子供の心に傷をつける
こんな母親いらない。。。

昔の記憶

テーマ:
小学校低学年の頃、四十度近い熱が出て朝起き上がれず。
学校行く時間になっても起き上がれず、ガンガンする頭と目があげられない、声も出ない中で必死に助けを呼ぶ私。

いつまでも起きてこない私に何やってるのと怒る母
起こしに来て、熱が出て動けないでいるにも関わらずさっさと起きろと一喝される。
それでも動けず這いつくばるように布団から出て途中で力つきる。

母は熱があるとその時初めて気がつき、学校を休むことになる。
1週間熱にうなされ、やっと熱が引いたら熱で目をやられたようで目を開けられない。

トイレに行くのに起き上がることもままならず、目を開けられないので這いつくばりながら移動する。
子供部屋からトイレに行く途中にリビングがあり、その日は母が近所の母親を集めて宗教の勉強会。

這いつくばってのそのそ動く私をみんなで笑う。忘れない。とてもとてもとても悲しかった。
ひどい。。。と思った。

もう30年以上前の事だけれど、発達障害の特性で鮮明に覚えている。

でも母は覚えていない。言ったところで被害妄想強すぎると言われて終わりだろう。

母は子供の頃の恨み言言うと、あの頃は仕方なかった、だの仕事だったんだから仕方ないでしょだの、あらーごっめんねーとものっすごい軽ーいごめんねを言う。

目の前の子供を見ず、宗教にすがり、自分が救われるのは必死で子供の心を蔑ろにして来た母を私は今とても嫌いだと思っている。

悪い人では無いのはわかっているけれど、あの無神経で自分の非を絶対に認めない姿勢は受け入れられない。

洗脳はまだ抜けない