ピッチ上で示されるべきもの | 中谷吉男のブログ~粗にして野だが卑ではない~

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株式会社LUCKMAN代表取締役、バレンシアCFオフィシャルアカデミージャパン代表、UEFAプロコーチの中谷吉男が、スペインと日本の違い、指導のツボなど、見たこと、聞いたこと、経験したこと、これまでに培ってきたことを、勝手気ままに綴ります。

ポルトガル1部リーグ第5節・ポルティモネンセvsポルト戦終了後、中島選手に激昂したFCポルトのセルジオ・コンセイソン監督。

 

 

 

 

後日、その意図について説明した彼の言葉はこうだ。

 

「私の求めていることや、認めていること、そして、1000%の献身性を理解しているのなら、98分での勝利後、感情的にならないよう頼んでこないでほしいね」

 

「FCポルトと契約を結ぶだけじゃ不十分だ。それを感じなければ。中島にしろ、セルジオ・コンセイソンにしろ、芝生を管理する人間にしろだ」

 

「それこそがこの家を代表するということだ。それが我々の特長だ。もちろん、誰でもミスはする。だが、日々示さなければならないものがある」

 

「それはモチベーション、野心、決意、犠牲心… それらは私にとってのベースだ」

 

 

 

 

監督が激怒したことや、中島選手が叱責されたことのみを取り上げるべきではない。

 

選手がサッカーに臨む上で、言い換えればユニフォームを身に纏ってピッチという名の「戦場」に立つ誰もが忘れてはならない「Actitud(アクティトゥ)」という重要事項について、監督は述べている。

 

 

Actitud  直訳すると「態度」となるのだが、サッカーにおいて使われる場合、そこに注力する「姿勢」の善し悪しのバロメーターを表す言葉として、様々な意味が含まれる。

 

 

曲芸師にでもなりたいのか? と思えるほどの足技や表層の技術の見栄えを良くすることばかりが注目され、欧州や世界の一線級レベルでは必要不可欠とされている何かもっと大切なことを見つめ、学ぶことが置き去りにされていると感じる日本の環境。

 

ワールドカップ予選を戦う現日本代表の10番を背負う中島選手に放たれたセルジオ監督のこの言葉の根底に流れる意味を、今こそじっくりと噛みしめてみるべきだ。

 

 

 

 

アマチュア、プロフェッショナル、子供だから大人だから、上手い、下手に関係なく、ピッチに立つ者が実際に胸のエンブレムの重み、誇りを意気に感じ、自ら率先して、嬉々として「Actitud」を示していくこと。

 

ここができてこそ、その選手は一人前の「サッカー選手」=「戦士」 足り得る、と思う。

 

しかしセルジオ監督、「愛」に溢れとりますな~、いっぱいの愛に(笑)。

 

 

 

 

 

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