ルチアーノショーで働くスタッフのブログ -3ページ目

人間だもの

 深まる秋の都心の夜空に煌々と輝く満月が浮かぶ。中秋の名月の翌日に迎えた今年のスーパームーン、不気味なほどの輝きを放ち道行く人の視線を集めた。
自然とは、時に非常なまでに残酷で、時に息を飲むほどに美しい。星に願いを、月に祈りを、数多(あまた)の人の祈りを乗せて輝く月は地球(ほし)を周る。
 LucianoShow支配人米澤です。

月

  うさぎ うさぎ
  なに見て跳ねる
  十五夜お月さま
  見て 跳ねる

 遡ること今から46年前、アポロ11号計画によりアメリカ人宇宙飛行士、ニール・アームストロングが月に降り立ち、人類は初の月面着陸を実現した。「月のうさぎ」も「かぐや姫」もあったものではない、想像でしかなかった遠い世界に人の手が触れた瞬間であった。

アポロ

 アインシュタインの相対性理論、つまり、重力をもとにした「ビッグバン宇宙論」と電子と磁場に根元を置く「プラズマ宇宙論」、決着がつかず、広大な宇宙誕生の謎はまだ、解けてはいないようだ。

 時間の長さは人間の感覚でしかない。宇宙誕生からこれまでの時間に比べると、人の一生など一瞬どころか、無かったに等しい。などと考え始めると忽ち虚無感に襲われ、人間の存在する意味に疑問を持ったりもする。そもそも、ものの善悪の判断基準など誰が決めたのか、どうせすぐに死ぬのならどうして辛い思いをしてまで生きるのか。自問自答を繰り返し、やがて人知を超えた天地創造の神の存在へと辿り着き、何とか落ち着く。実に疲れる。

宇宙

 緻密な計算に基づき、進み続ける世界の宇宙開発計画、この国が輩出した宇宙飛行士たちも次々に実績を上げる。決して解かれることのない大宇宙の謎、その探求はどこまでゆこうと終わらない。
 けれども、そんなことより問題は今日の雨、私の手には傘がない。とりあえず、目の前の問題をこなさなければ、先には進めない、人間だもの。

  美しいものを美しいと思える
  あなたのこころがうつくしい
                   あいだ みつお
           
 都心の夜空に満月が浮かぶ。美しいものは美しい、それでいいのだと思う。

 それでは、本日のBGMを。再び、“Clair de Lune” by Claude Debussy


 光り輝く満月の夜、優しい紳士は狼男へと豹変する。浮かれる酒場は不法地帯。
  ♪あなたも狼に変わりますか♪
  ♪あなたが狼なら怖くない♪

狼

 心を寄せるあの女性(ひと)にそんな台詞を言わせてみたい。心騒ぐそんな夜は大人の遊び場、ルチアーノショーへ。

ルチアーノショー

新店舗にて、皆様の御来店をお待ちしております。

“Nobody Is Right”を聴いていたら体罰の話になった。

ルチアーノショーのタケダです。

テレビっ子の私には最近気になるCMがあります。
それはearth music & ecologyの新CMです。
厳密に言えば、そこで歌われている唄が気になりました。

以前は、私の大好きなTHE BLUE HEARTSの曲が歌われたりしてましたが、
今回の曲は聞いた事がなく、
でも1度聞いただけで、中島みゆきさん(以下敬省略)の曲かな?と何となく思いました。

調べてみると、やはり中島みゆきの“Nobody Is Right”という曲でした。
自称中級みゆきファンの私の勘では90年代の曲かと思いましたが、
意外に新しく2007年のアルバム"I Love You,答えてくれ"の中の曲でした。
I Love You,答えてくれ
合唱カバーされても、中島みゆきを感じさせ、
曲の鮮度も揺るがない中島みゆきの圧倒的な唯一無二の存在感に、ふるえてしまいます。


さて、曲の話に移りましょう。
“Nobody Is Right”訳すと、“正しい人はいない”
ちょうど、チャーリーさんから借りている本にも、
似た言葉がありましたので、引用いたします。
嫌われる勇気
嫌われる勇気ーーー自己啓発の源流「アドラー」の教え

/*
つまらないアフィリエイトを疑われたくないので、書籍の紹介にはリンクをはっていません(笑)
*/


~人は、対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、
すでに権力争いに足を踏み入れている~

この本は、フロイト、ユングと並び“心理学三大巨頭”と言われる、
アドラーの思想をまとめた本です。

本中で権力争いは、勝ち負けを求め復讐にもつながる不毛なものとして定義されてます。

確かに"正しさ"を大きな声で口にする先生が、
昔、苦手だった記憶があります。


デモ


さて、中級みゆきファンが続いてオススメする曲は、
“世情”です。

私より上の世代の方であれば、この曲と
3年B組金八先生がリンクする方も多いと思います。
金八先生
金八先生第2シリーズ最大の名場面で流れる挿入歌がこの"世情"です。
この曲が流れた事で、日本ドラマ屈指の名場面になったといっても過言ではありません。

自称上級金八先生ファンの私が
個人的見解を交え説明しますと、
加藤 優
腐ったミカンのレッテルを貼られた、不良生徒加藤は、
腐敗が他の生徒に広がるのを防ぐため
荒谷二中から金八先生のいる桜中学に転校させられます。=荒谷二中の"正しさ"

紆余曲折を経て、桜中学の卒業式前、無事就職先も決まった加藤のもとに
荒谷二中の不良仲間が、二中教師への報復(卒業式ボイコット)を手伝って欲しいと頼みに来る=不良たちの"正しさ"

加藤は、報復そのものには了承しないものの、
自分の筋を通すため就職先の研修を蹴って、荒谷二中へ向かう=加藤の"正しさ"

ざわつく荒谷二中の生徒たちは尻馬に乗って暴れ始め大混乱におちいる
ついに荒谷二中の教師は、不良たちに謝罪。加藤の正論は勝利するも、
警察が待ち構え手錠をはめられ、護送車に乗せられる。=学校という箱の外の”正しさ”
連行

その後、金八先生や桜中校長のおかげで、警察から加藤は釈放されます。

金八先生と再会するやいなや、加藤は体罰(ビンタ)をうける。=今の教育界では“正しくない”

そしてすぐに金八は加藤を抱きしめ、伝える。
「貴様たちは、俺の生徒だ。忘れんなよ」
俺の生徒だ
生徒と先生の関係を超え、
正しさ、正しくなさを昇華し、
人間金八の愛が届き、加藤は号泣します。(もちろんタケダも号泣してます)


1981年放送当時、体罰は普通にありました。

/*
その19年後、2000年、金八先生第5シリーズにおいて、
金八先生は体罰をし、自身で辞表を提出する回がある。
この時、金八に叩かれる直前に、
「先生のことが、好きだから…」と言う男子生徒がいるのだが、
3リットルは泣ける名シーンであり、その後、とても考えさせられた。
*/


私は、どこにいっても怒られキャラでしたので、
体罰は結構経験したと思います。

/*
怒られキャラ=同じことをしても怒られる人と、上手くかわせる人がいる。その前者。
人身御供的に怒られることもしばしば。
*/

同じ体罰でも、教えとして昇華しているものや
今でも許せない体罰があると思っています。
よく体罰を"愛の鞭"という言葉に置き換えますが、

ストーカー的、一方通行の愛の鞭は当然受け入れ難いです。
相思相愛の鞭、これはしっかり響くのだと思います。

オール・ユー・ニード・イズ・ラブは、安く響くかもしれませんが、
やはり”正しさ”で説き伏せる道は、袋小路に続いているのかもしれません。

それならせめて、人が行く道の目印に、
道端に咲く花になるのが、今の自分が目指すところでしょう。

そんな本日のBGMは、野に咲く花のように/ダ・カーポ


準備室のマリーゴールドが、病気や猛暑を乗りこえ再び花をつけました。
2015/09/28

ありがとうございます。

生きてこそ

 抜けるように青い秋の空に柔らかそうな白い雲がいくつも浮かぶ、穏やかに降り注ぐ午後の陽射しが心地よい。長く激しい雨の日々であった。容赦なく猛威を振るう非情な自然はまたしても人びとの日常を打ち砕き、深い爪痕を残していった。どうして自分がこんな目に、いったい何をしたというのだ。理不尽極まりない、やりきれぬ思い、心中察するに余りある。
 LucianoShow支配人米澤です。

秋の空

  人生楽ありゃ苦もあるさ
  涙の後には虹も出る
  あとから来たのに追い越され
  泣くのが嫌なら さあ歩け
                (「ああ 人生に涙あり」より)

 人生、山あり谷あり、生きていればいろんなことが起こる。そうは言うが、抱えた悲しみ、苦しみ、悔しさはその当事者にしか分らない。周囲の人たちの慰めも励ましもその胸の奥に届くことはない。
 日々、気にも留めない大切なものがささやかな日常の中にある。しかし、天災、人災、事故、犯罪、この世の不条理は突如として日常を奪い去り、人びとの人生を大きく曲げる。
 絶望に打ちひしがれ、耐え難い喪失感を背負い、進むべき方向も分らぬまま次の一歩を踏み出せるまで、どれほど暗く長い夜を過ごすのだろうか。

闇

 人は生かされている、という。それぞれに役割があり、どのような人生にも意味がある、ということなのか。そうなのかもしれない、しかし、理不尽な現実を目の前にし、絶望の淵に立たされた人間にそんなことばが届くはずもない。投げやりにもなるし、死にたくもなろう。

震災

 それでも人は生かされているのなら、この先にその答えがあるのかもしれない。

 抜けるように青い空、涼しい秋の風に白い雲がゆっくりと流れる。

 それでは、本日のBGMを。「それが大事」 Daijiman Brothers Band


 さて、都会のオアシス、ルチアーノショーは2010年のオープン以来、その存在の意味を問い続けてきた。

 「明日は、もっと速く走り、両腕をもっと先まで伸ばしてやろう……そしていつの日にか」
               (「グレート・ギャツビー」スコット・F・ジェラルド より)
 
 その答えを追い求め、ルチアーノショーは今日もまた走り続ける。人はそれをロマンと呼ぶ。

ルチアーノショー

 新店舗にて、皆様の御来店をお待ちしております。



 

 





色が見えません。色覚異常、いわゆる色盲です。

“専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ”をお届け致します。
どうぞ。
---
http://lscharlie.exblog.jp/24410130/
※チャーリーのブログは“離れ島”へ移動しました。

ロックン・シーバス

Photographer&Engineer: Charlie

Homepage
Facebook
Twitter
Instagram(写真集)
ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ(過去ログ)
専属カメラマン★チャーリーの部屋(過去ログ)

夏の終わりに

 厳しい残さはまだ残るが、午後の陽射しが幾分やわらぎ始める。時折吹き抜ける夕暮れの風が心地よい。強烈に暑かった夏も間もなく終わりを迎える。それぞれの胸に思い出を残し、季節は今年も秋へと向かう。
 LucianoShow支配人米澤です。

残暑

 終戦70周年、御巣鷹山の日航機墜落事故から30年、一方で高校野球100周年など、何かと節目の季節となった今年の夏、東京では観測史上最長となる7日連続の猛暑日を記録するなど、日本列島は凄まじい暑さに襲われた。各人(それぞれ)が背負った悲しい過去、数多(あまた)の思いがこの夏には宿っていたような気もする。

灼熱

  古いアルバムめくり
  ありがとうってつぶやいた
  いつも いつも 胸の中
  励ましてくれる人よ

          (「涙そうそう」by Rimi Natsukawa より)

 何年も何十年もかけて創り上げてきたものを一瞬で失うこともある。理不尽な死によって愛する人を突然失くしてしまうこともある。想像を絶する深い絶望、容易に立ち上がれなどしない。それでも、人は再び歩き始める、逝ってしまった人たちのために。
 歳月(とき)は流れ、季節は巡る。いつしか人生も黄昏を迎える、背負ってきた哀しい記憶が今では、どこかやさしい。

黄昏

 恋、喧嘩、裏切り、失望。それぞれの胸に思い出を残し、輝く季節が今年も終わる。賑わった浜辺からは人びとが去り、聴こえてくるのは波の音だけ。

浜辺

 それでは、本日のBGMを。「夏の終わりのハーモニー」 by Koji Tamaki


 ルチアーノショーの五度目の夏が終わりを告げる。磨き上げられた感性と蓄えられたアイデアを携え、新しい季節を静かに迎える。輝ける新たな船出の時は近い。

ルチアーノショー

 新店舗にて、皆様のご来店をお待ちしております。