私が幼稚園、小学校、中学校を卒業した油川(あぶらかわ)地区は、陸奥湾に面した海沿いで、青森ねぶたの発祥の地とも言われている街です。

 

画像は2026年の夏のねぶたより

 

油川幼稚園に通っていた頃、友達のK君のお父さんがねぶた師で、他にもねぶた師さんが何人もいました。

 

当時は幼稚園のねぶたが、青森の中心地で行うねぶたに参加する他に、私たちの住んでいた家の周りも練り歩くので、家の中までねぶた囃子が鳴り響きました。

 

胸や全身にまでズーンと響く太鼓の音。


切ないメロディの笛と、こちらの世界とあちらの世界を結ぶような手振鉦(てぶりがね)の音。

 

 

遠くから近づいてくるねぶた囃子を聴きながら、まだ明るいうちにねぶたの衣装に着替え、母にお化粧をしてもらった時のドキドキが今でも忘れられません。

 

幼稚園でも年少さんの弟が、大太鼓を立派に叩く後ろ姿を見て、誇らしく思えた思い出は私の一生の宝です。

 

幼稚園ねぶたを卒業した後も、両親や姉弟とねぶたを見に行った楽しい思い出や、友人たちと跳ねた10代の頃の記憶は、今も心に深く刻まれています。

 

平凡な毎日が一変し、踊り狂い熱狂する世界になるのが不思議で、子供心にも鳥肌が立つような高揚感を味わっていました。

 

 

今年の夏の帰省時、ねぶたの夜間運行の最終日に姉夫婦と出かけました。

 

子供の頃から楽しみにしている姉や私はもちろん、岩手出身の義兄も若い頃から青森ねぶたに参加していたため、特別な思いがあるみたいで、大勢の人混みをかき分けながら歩き、3人で見入りました。

 

 

ねぶたの踊りは、周りの人と息を合わせて踊るというよりも、自分の中の感情に任せて跳ねる動きが特徴です。

 


跳ねて、跳ねて、人間の内側にあるエネルギーを沸かせているようにも思えます。

 

でも、ねぶた囃子は、いつ聞いても胸が締め付けられるよう切なさを感じるのです。

 

 

「ねぶたは、昔の人が戦さに行く前のものだったから、どこか悲しくなるみたいだよ」そう話した姉の言葉に、なんだか腑に落ちました。

 

大事な人との別れを覚悟した音色だったことを、私たちは知らずに育ってきたけれど「そうなのかも知れない...」と感じて余計に切なくなりました。

最近、周りの人から「ねぶたは、今まで見たお祭りの中で一番感動したよ」と言ってもらえることが多くて、とても嬉しいです。

 

自分にとっては、ねぶたがある人生と、ない人生では、絶対に何かが違うと感じています。

 

何かを地道に続けたり、淡々とこなしたりする毎日の中でも、魂の発露がどこかにあると思うと救われる。

 

誰にとってもお日様や大きな空や広い海があるように、私の心の深い部分には「ねぶた」という非日常があります。


それが日々の心の支えになり、どんな時も前を向き明るい気持ちで生きることを教えてくれている気がしています。

 

今日もブログを読んで下さり、ありがとうございます。

 

 

 

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