今日は、クリスマスイヴですね*
お仕事終わりに閉店間際のケーキ屋さんに並んでいたら、ケーキの残りが少なくなってハラハラし、列に並ぶ会社帰りのお父さんたちや、一人暮らしのおばあちゃまとの温かい交流に「なんかクリスマスってやっぱり素敵」と思わず微笑みたくなるような気持ちになりました。
みんながクリスマスや年末年始に、温かいポカポカな気分でいっぱいになりますように。
インスタグラムでは、着物リメイクのショート動画をアップしました。
90秒という限られた時間で表現するのは、今まで書いてきた文章をかなり削ぎ落とす決断があるのですが、それはそれで俳句のような楽しさがあることを知りました。よかったらご覧ください↓↓
昨日は、2020年に亡くなった父の命日でした。
18歳で青森から上京した私は、離れている時間が長かったせいか、もっともっと父との思い出が欲しかった... とほぼ毎晩父を思っては泣き、涙が出なくなるまで2年半かかりました。
コロナ禍の入院生活3ヶ月目に、食事中に心臓が止まっているのを発見され、近くにいた若い医師の方に蘇生してもらい「長くてあと3時間の命です」と宣告され、大慌てで家族が病院に着いたところで血圧が復活。
翌朝の新幹線で私も病院に駆けつけ、看取りのために泊まり込みで付き添いをさせてもらい、それから15日間父が頑張って生きてくれて、かけがえのない時間を過ごしました。
意識のない父と一緒にYouTubeで津軽民謡や津軽弁のお笑いを聞いて、手を繋いだ時間を思い出すと今でも涙が出ます。
口下手でおとなしい父でしたが、若い頃に重たいりんご箱を担ぐアルバイト時代にできた力こぶが自慢。家族を驚かせたり笑わせたりするのが大好きで、70歳まではパーマやサングラスは必須とおしゃれにこだわりもありました。
あと数時間で亡くなるというときは、それまで開かなかった目をしっかりと開いていて、「お父さん、疲れるから目つぶっていいんだよ」って私が目に手をやっても強い意志を持って目を開いていました。最後まで強くかっこいい父でした。
この看取りの15日間のおかげで、人は意識がなくなって、たとえ肉体がなくなっても心は通じ合えると確信できた体験でした。
その後は眠る前に毎晩父の遺影と会話をしてから眠るのが日課ですが、「お父さんは本当にカッコいいね!!」と話しかけた日の翌日には、母が「昨日お父さんが役者さんみたいな格好で夢に出てきたよ」とか、弟の話を父にした翌日には弟の夢に登場したりしているみたいです。
15日間の看取りの時間は、父と離れてしまうのが怖くて悲しくてつらい体験でもありましたが、今になってあの15日間が私の人生の中でも大切な時間だったし、父とはまた生まれ変わっても家族で生まれたいと心に決めた時間でもありました。
父が入院中の今頃も荒れ狂うような大雪が続き、姉が「まるでお父さんの命が燃えてるみたいな大雪だね」と言ったのですが、今年も青森では大雪になっているというニュースを見て、2020年の冬を振り返りました。
わたくしごとにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。