「左様、ワシが日本の土を踏んだ明治八年は、東京風月堂がビスケットを発売した年じゃ。
ワシはその丹精込められた日本生まれのイギリスの味に、この東の果てで生涯を終えるのも悪くないと思ったもんじゃよ。」
「う~ん、なんかわかるような…。魔法でスコーンが出せても、やっぱり人の手で作ったビスケットが美味しかったってこと?」
「まぁ、そうじゃな。賢司よ、その若さでなかなか情緒がわかっておるではないか?」
「で?妖精のサミアちゃんが自分で風月堂に買いに行けないよね?
誰に貰ったのよ!?日本に来て最初の年にもう出会ってたんだー!?」
「ちぃ…。ワシとしたことが…。燿子の観察眼には恐れ入るわい。それ以上はまだ秘密じゃ!」
****
ずっとこんな日が続くと思っていた。
日本とイギリスで211年生きたサミアちゃんのお話は本当に面白かった。
本やネットよりもリアルで、お爺ちゃんやお婆ちゃんから聞いた話よりも細かく正確だったからだ。
激動の明治を生きた日本人達を「イギリス生まれの妖精」がまるで昨日のことの様に話す世界。
いつしか僕だけでなく、燿子ちゃんも「日没までの魔法」をお願いせずに、ただサミアちゃんの昔話に夢中になっていた。
燿子ちゃんは
「いつも大事な所ははぐらかして!」
と言ってたけど、それでも楽しそうに聞いていた。
そして何よりも楽しそうに話すサミアちゃんを見るのも好きだった。
でも…。
****
「バスの発着場が?
また事故とかかな?」
塾の帰り際に燿子ちゃんが事務員さんから聞いた話を僕に伝える。
「事務員さんも詳しくは知らないんだって。
運転手さんに聞いてみようよ?」
本来なら「そこ」は素通りし、もう少し離れた所で降ろされるはずだった。
しかし、僕と燿子ちゃんが見た光景は…。
「運転手さん、ここで降ろして下さい!」
「今回だけだよ!明日から建設車両が多数出入りするからね!
じゃ、気をつけてね。
おやすみ!」
「は、はいありがとうございました。」
目に入った看板が間違いでないことを証明する運転手さんの言葉。
そう、塾の送迎バスはいつもこの南町公園の近くだった。
けど…。
「そんな…。ウソでしょう?賢司くん?」
「僕だって嘘だと思いたいよ!突然こんな…。」
サミアちゃんが住む公園は封鎖され、看板が立てられていた。
「この公園は市の駐車場に建て替えられます。
工事中はご迷惑をおかけします。」
続