「民生党が議員数逆転いたしました」
選挙の開票番組でキャスターは言った。
与党・自由党は度重なる大臣の失態が続き、世論の信頼をなくしていた。
ここにきて野党第一党の民生党は党首・五島義三郎の強固なリーダーシップとカリスマ性により、世論の支持を高めていった。
そして、選挙は民生党の圧勝。
多数の女性議員の当選、テレビなどに出演する有名人を出馬させたことも圧勝にひと役かった。
それまでの議席数から30以上も伸ばして参議院でのイニシアチブを手中にした。
フラッシュがたかれるなか、五島は“たぬき”とあだ名される丸い顔をほころばせて満面の笑みを見せてテレビの画面に映っていた。
【自由党本部】
「いかんなあ。まことにいかん」
自由党幹事長・横田真一は白髪の目立つ頭に手をやり苦虫をつぶしたような表情でテレビを見ていた。
「これで法案成立には、あの“古だぬき”のご機嫌をとらなければならなくなりましたなあ」
横田の向かいに座る政調会長の船木孝義は肉付きのいい丸い顔に手をやり、二重顎を太い指でさすった。
ここは自由党本部の幹事長室、横田と船木は2人だけでこの結果を見ていた。
「どうしますかな」
腕組みする船木は誰にというわけでもなく呟いた。
横田はきゅうりのように細長い顔をあげた。銀縁メガネの奥にある黒い目玉だけが動いて船木を見た。
「このままでは衆議院も民生党にもっていかれかねん。やはり、若造には荷が重すぎたか」
「まあ、佐倉くんだけの問題ではありますまい」
「たしかに。あれほど言葉には気をつけるように言っておいたのに、バカどもが!」
「まあ、まあ、あんなことはみんな思っていることですよ。ただ、彼らは“正直”すぎただけですわ」
「政治家というのは表と裏で勝負するもの。真っ正直でこんな世界を渡っていけると思っているものが政治家になっていること自体、信じられん!」
「当世の風潮ですかね。“歯に衣着せぬ”のが人気になりますからなあ。それにマスコミがとかくうるさい。ちょっとしたミスを突いてくる。これではしゃべりにくいですわな」
「しゃべらなければ政治家と言えるか!」
「幹事長、落ち着いてください。血圧あがりますよ」
船木にそう言われて、ようやく横田は荒い鼻息を静めた。
「あの連中を使うしかありますまい」
船木は二重顎に手をやり不適に笑った。
「それしかないか、戦局を乗り切るには。また金がかかるな」
横田はメガネの奥の眼光を強くした。
船木は重い図体をのりだすと、目の前にある写真を広げた。
「今回は誰にしますかな?」
「一番目立つものがいいだろう」
「目立つ、目立つ、というと、こちらですか?」
船木は女性の上半身の写った写真を指さした。
写真の女性は四十代半ば、肩までの黒い髪、シックな色のスーツ、PTAの役員でも似合いそうなきりっとした顔立ちをしていた。
「嫁野か。いいだろう。うちの滝岡に勝った女だ。すぐにマスコミはとびつく」
横田の賛同を得ると、船木は次にメガネをかけた五十代前半の男性が写った写真を指さした。
すると、横田はこれ以上なく目をさげてほころんだ。
「館山孝四郎か。娘をプロゴルファーにしてその金で遊んでる男だな。その男なら、たたけばほこりはいくらでもでてくる。これもマスコミはとびつく」
「では、まずこの2人でいきますかな」
「異論はない」
横田と船木は目を合わせ微笑んだ。
【二日後】
スポーツ紙一面
「館山孝四郎 愛人発覚!」
週刊誌
「館山孝四郎の愛人激白! 賭けゴルフと愛欲の日々」
【それから二日後】
週刊誌
「嫁野久子の愛人、独占手記! 彼女は夫と子供を捨て、僕のもとにやってきた!!」
それから数日間、ワイドショーは館山と嫁野の話題でもちきりになった。連日の放送は民生党へ傾いた世論の熱をすこしづつ冷ましていった。
【自由党本部】
横田はテレビのワイドショーを見ながらにやついていた。
そこへドアをノックする音。
「どうぞ」
横田は振り向きもせず言った。
ドアを開けたのは横田の秘書だった。
「先生、失礼します。船木先生がみえられました」
「すぐに通してくれ。それからしばらくここへは誰もこさせないようにしてくれ」
「かしこまりました」
秘書がドアを閉めて、何秒とたたないうちに船木がニタニタしながら部屋へはいってきた。
「どうやら、これで民生党人気も落ち着くでしょう」
「まだまだ、小モノよ。親玉を穴から出さないと」
「では、“古だぬき”をいぶりますか」
「煙の用意はできてるんだろ?」
「もちろんですよ。あの連中の情報力はそんじょそこらの探偵の非じゃありませんから」
「怖いものよ。たったこれだけリークするだけで社会からは抹殺されかねん」
「わたしらも気をつけねばなりませんなあ」
「たしかに。あういう連中がいつ寝返るかわからんからね。報酬は満足するように与えてくれ」
「わかりました。考えてみるとなんですな。スキャンダルの黒幕は我々ではなく、あの連中かもしれませんなあ」
「まったく」
そう言って、2人は薄く唇を開きにやついた。
※ これはフィクションであり、いっさいの事実とは関係ありません。