おととい、

すっごく悲しい知らせと、すっごく嬉しい知らせが入ってきました。




すっごく悲しい知らせは、知り合いが自殺したこと。

すっごく嬉しい知らせは、友達の子供が生まれたこと。




2つの知らせは、同じ日にあった。




私はね、自分で自分を殺しては絶対いけないと思ってる。

自殺は殺人の次にやってはいけないことだと思ってる。


だから、この知らせを聞いた時、

腹が立ったし、悔しかったし、悲しかった。

なんで、なんで、なんで・・・が頭の中で繰り返し回ってた。

本人は楽になったんだよとか、

もう人生に疲れちゃったんだよとか、

辛さは本人にしかわからないとか、

いろんな言葉があったけど、




私には、わからない。わかりたくないよ。

だって、絶対しちゃいけないことしたんだもん。



まだ26歳。

人生に見切りつけるのは早すぎるよ。若すぎるよ。

死んだら、楽になったのかな?


周りの人の気持ちは?親の気持ちは?


兄弟の気持ちは?友達の気持ちは?



理由なんて、本人にしかわからないし、

周りを気遣う余裕なんてないと思う。。。。

でも、もうこの世に居ないんだもん、

知ってもどうにもしてあげられないじゃん。


考えれば、考えるほど悔しい。






悲しい知らせが来た数時間後、

友達の子供が産まれたってメールが来た。

そのメールには、親になった友達の喜びの言葉が

いっぱいならんでた。

文章だけでも幸せな温度が伝わるくらいで、

こっちまで心が温かくなった。


新しく誕生してきたこの子にも、

これから楽しいこと、辛いこと、

悲しいことがいっぱいあるんだよね。



もし、もしね、

どーしようもない時があったら、迷わず言ってあげたい。


どん底で、出口も見えないくらい真っ暗で、

この世に一人っきりだと思うくらい、悲しくて、辛くて

生きてる意味なんて無いかもしれないって思うくらい

どーしようもない時でも、絶対絶対出口はある。


必ず自分の見方はいる。



だけど、必ず自分からSOSを出さない限り、

助けてあげられないよ。

気づいてももらえないよ。


どんな小さな合図でもいいから、SOSを出すこと。

その勇気が必要だと思う。って。



もうこんな悲しい気持ちになりたくない。

身近にいる大事な人たちのSOSを見逃さないようにしたい。




人の命って何なんだろ。


生きるか死ぬか、表裏一体。

だから・・・・・自分で選択してしまうことも出来る。


寿命って。。。あるのかな。





いま、私は幸せだから、

きっと、こんなきれい事を言えるのかも知れないなぁ。



だけど、

この考えを気持ちを忘れないでいたいと思う。