最近なんだか自分のブログなのに
なんだか堅苦しいことを並べてわかったような気でいるような、なんとも言えない感じを覚える。
でもね、
私はやはり言葉にしたいのだ。
正しいことを正しく伝えるのは
以前も書いたが容易くない。
そして私自身正しく文章にできているとも思っていない。
でも形の残らない発言(口頭)より文章にしたいと思ってしまう。
たくさんの人がネットに書き込みすることができる。匿名でできてしまう。
まあそんなことを言いながら私もハンドルネームをつかっている。
私が最近思うのは
匿名だからこその、奥ゆかしさみたいなものがあるなら(わかりやすくいうとあしながおじさんとか)
そういうものは素敵だなぁと思えるけれど
有名人のことを匿名でなんだかんだとバッシングするのはみていてなんだか気持ち悪い。
たとえば、有名な歌手が目の前にいます。
貴方は何を発言しても良いですよ、と言われたからと言って本人の前で悪態をつき批判を並べる人はきっと少ないと思うのだ。
顔が見えない、そしてネットに流れる一部の情報でバッシングのコメントが並ぶ。
モチロン芸能人有名人にはアンチやバッシングは有名税だと思えという言葉を使われているのも目にする。
愛される反面アンチも生まれる。
知名度が上がれば上がるほど
ファンがいてアンチもいるのいうのか当たり前になる。
でもね。
やっぱり言葉の力は怖いものなのだ。
匿名で書き込みされたバッシング。
こういうものほど言葉自体が礼節を伴わない汚い言葉を使う人が多い。
人のアラを探すのは容易い。
ましてや顔を合わすことのない人への悪態は良心の呵責もないのかもしれない。
でも冷静に考えてほしい。
顔を合わすことがなくてもターゲットは生きている人間なのだ。
芸能人相手だったら普通の人なら傷つくような表現をしても許されるのだろうか?
私はそうは思えないのだ。
ネットがあるのが当たり前の社会など20年前には想像つかなかった。
良くも悪くも使い方次第なのだ。
賢く、新しいものを受け入れること。
私はそういう社会が望ましいと思っている。
あたたかなつながりなのだ。ネットの中で一番好ましいのは優しさの連鎖やつながりだと思う。