この日、仕事を2つほどした伊三次さんは、
昼前に仕事をお仕舞いにしてしまいます。
どうも仕事をする気になれず、
恋人であるお文さんのことばかりが
気になって仕方ありませんでした。
いつもは何気なく通り過ぎるお稲荷さんも、
わざわざ立ち寄り手を合わせます。
首尾がうまくいきますように・・・
自分の命が無事でありますように・・・
お文さんの家に行くと、不破さんの手下・
弥八さんが来ていたそうで、
「弥八は何か言っていたか?」
「敵は本能寺。」
「え?」
伊三次さんは一瞬ぎくりとなります![]()
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「そんなことは言ってなかったが・・・」
とにやっと笑うお文さん![]()
弥八さんの伝言は
「敵は日本橋の『ぬり屋』という薬種屋と、
吉原田圃を10日に1度ほど交互に通っている」
というものでした。
お文さんは、
「お前ぇは不破の旦那の御用は断わったはずだ。
またぞろ心変わりして始めるのかえ?」
とからかうような顔になっております![]()
そして、
「捕り物しねぇお前ぇはどこか腑抜けに見えていたが、
今日はどうして男前に見える。」
と伊三次さんを褒めております![]()
さて、お酒が苦手で甘党な伊三次さんの為に、
お座敷でお客さんから貰ったというお菓子を
出してきます。
どうやらお客さんがお茶会の帰りで、
お文さんにお土産としてくれたそうです。
お文さんも飲むくらいの嗜みはあるようで、
伊三次さん、お菓子を口にしながら、
「日向伝左衛門って茶の湯を教える年寄りのことを
聞いたことはねぇか?」
と訊くと、そのお菓子をくれたのが日向さんだったのです。
伊三次さんびっくり![]()
お文さんはなんだか心配・・・![]()
お文さんから日向さんの特徴を聞き、
何となく人相の見当は付いてきました。
そろそろ帰るという伊三次さんに、
「晩飯を喰ってゆっくりしてゆきな。
何んならわっちはお座敷を休んでもいい。」
と言ってくれます。
そんなお文さんに、伊三次さんは巾着を取り出し
渡します。
「預ってくれ。20両ある。」
「どうしたんだえ?また盗人に狙われているのか?」
「外聞の悪りぃ。そうじゃねぇが、今度の仕事はどうも
気が進まねぇ。こんな時はろくなことが起こらねぇもんだ。
万一の梳き・・・」
と言いかけたとき、お文さんは「嫌や
」と悲鳴を上げます。
詳しいことが分らないお文さんにとっては不安になるばかり。
斬られる心配があるなら腕のたつ人に・・・
不破さんに頼んだほうがいいというお文さん。
「死ぬつもりはねぇけどよ。世の中、何が起きるか
知れたことじゃねぇってことよ。こいつは不破の旦那には
内緒のことなんだ。金輪際、余計なことは喋っちゃなえあねぇ。
お前ぇが喋ると面倒なことになるんだ。いいか、
それはくれぐれも言っておくぜ。」
といって、もしものことがあったら渡したお金の半分を
伊三次さんのお姉さんに、そして残りをお文さんにと
言ってお文さんを抱きしめます。
お文さんも低い声で泣きながらしがみつきました。
伊三次さんはこのとき初めて、
いなみさんに強い憎しみを感じておりました。
次回へ続く![]()