自分は 不完全なものに何かと美しさを見出してしまう人間だと思います
ついったーやらなんやらで 何かと 古めかしいダイエーやらジャスコ(敢えて)やらのGMSだったりを崇めてみたり 動作から何からぎこちなかった初期のandroidを懐古してみたり
おそらく根底にあるのは不完全であるという美しさへの羨望です
不完全なものと それと向きあう不完全な人間


ふと
墨田区は東向島、鳩の街を散歩してきました
吉行淳之介や永井荷風あたりが作品に仕立て上げたこともある 所謂旧赤線地帯です



赤線地帯といえば カフェー建築です
カフェーというのは 要はそういった遊びをするところで
これが本当に美しくて

こういう時代なので 検索をかければ既に写真などいくらでも配信されているのですが



カフェー


カフェー


カフェー!!!

ブロック調のタイル張り、円柱型の装飾、曲線を描いた建築
不自然な和洋折衷は 一目でカフェーと判別できるように、との警察からの指示の為とききます

特に有名な 旅館桜井 の勝手口は まさに不自然さが産んだ芸術作品としか




米軍の慰安施設としてはじまった鳩の街、
昭和21年 性病防止を理由に米兵の立ち入りが禁じられ
って誰が蔓延させたんだろう、ってのがまたいいのですが
その際に 各慰安施設には OFF LIMITS なる掲示がなされたとか

旅館桜井 の壁


70年近く経っても
しっかり歪み続けてくれています。


ああ美しいなあ
生きた人のことも
生きている人のことも
なにもわかっちゃいないけど
本当に美しいです。


カフェーはさておき
鳩の街にはいろんな味が詰まっています
とても書き切れません




もしかして
東京の市内局番4桁化なんてなかったんじゃないのかなあ、なんて。。w


徐々に秋が差し迫ってきて
街歩きがしやすくなってきました。

それではこのあたりで。

初筆

テーマ:

はじめまして。

Web2.0も死語となりつつある2013年で8月
今更にしてブログデビューをすすめられ
重苦しいつぶやきばかりしているのなら
記事でも書けばいいじゃないかという話もあり
重い腰をあげてみたのであります
果たして継続できるのか。。


ブログ程度とはいえども 良い物を書く 物書きになるにあたって重要なのは
まず一にも二にも やはり身の回りに豊富なネタがあるか否かというところに尽きるんじゃなかろうかと思うわけですが
これに関しては お陰様でそれなりに恵まれた環境にあるのではないかと、
というのも 書き始めれば長くなってしまうのですが
何をとっても自分は世の中の境界線から一歩逸れた立ち位置にいると思っていて
ようは 右を見ても左を見ても 自分と違うことを言っていることが多いので
お陰様で些細なことからネタを拾い上げるのはそれなりに容易ではないかと思うのです。
もっとも いくら立ち位置がよくとも
行動如何でそれを活かせるかどうかが大きく影響されるわけでして
例えば 明日の主だった期待できるイベントは 仕事先の 千葉駅から徒歩数分の会社を出たあと
なりたけ(背脂ちゃっちゃなラーメンやさん)をギタギタでいくかどうかくらいなものでして
これでは ラーメン屋のカウンターに並ぶ人間の観察位しか手の出し様が無い訳です。
数日前に 23歳にもなってしまったので
もう少し貪欲に世の中を見据えていきたく。


さて
こんなことばかり書いていても仕方がありません。
一つの投稿に文字数制限を設けたtwitterの発明がいかに偉大であったかというのは、
制限から解放された自分が 前置きだけでこの様な駄文を垂れ流し始めたあたりに
実に明らかになったわけであります。
インターネットの進歩万歳。合衆国万歳。


これでは 世にさらけ出すのも躊躇いたいような有り様ですので
脈略もなく
最近車に乗っていて おお、っと思ったことについて。

というのも
幼少の頃から 生活圏外の世界に触れる際には
家族旅行でもない限り
それなりの歳になるまで 基本的に 鉄道、もしくは精々バスやフェリーくらいの交通手段のみでしか訪れることが出来ず
ようは自分の「外の世界」は 基本的に 公共交通機関からはじまる世界だったわけです

それが 車を運転するようになってから
それ以外の「外の世界」に多く触れるようになって
それが 今までの固定化された価値観との齟齬を生むことになり
非常にはっとさせられるのであります。


例えば国道246号で 渋谷から厚木辺りに向かっていると
田園都市線に並行して西へ進むことになるのですが
その中で 「長津田」という交差点に差し掛かるわけです。
「長津田」といえば 横浜線との乗換駅で
平日朝ともなれば 通勤客が大挙して始発電車に乗り込み 席を確保する風景が繰り広げられているような 郊外(笑)の典型例であったり
はたまた175Rが朝が来るまで語り明かしたり
まあそんなイメージなのでありますが

R246の「長津田」は
それがまた実に ただの山の中な訳であります。
いわゆる長津田駅の近くにあるのは 「下長津田」であったり「御前田」であったりして
「長津田」は 町田市との都県境、まさに県境といった感、多摩境以上に多摩境な趣なのです。

こういう驚きがあるからこそ
鉄道によって固定化された価値観に 車という視点を持ち込んでみることの有意義さがあると思うのであります。




既存の価値観との差異を楽しむこともあれば
いうまでもなく
価値観のなかったところに 新たな価値観を入れることも出来る訳です。

例えば 群馬県は吉岡町を
県道15号線で伊香保の方から降りてくると 野田宿交差点の付近で
遠くの方に 非常に美しい なだらかな赤城山の稜線が広がっているわけです。
写真を撮れてはいないので
わかり辛いながらもGoogleのストリートビューのスクショを載せて。。
制限速度の看板の裏辺りに広がっております。


今までの 公共交通機関で辿りつけなかった世界は
自分の世界では無かったので
それが自分の世界になるというのは
実に気持ちいいのであります。

ここで言いたいのは
敷かれたレールの上からばかりみていてはつまらないという話ではなく
敷かれたレールの上からの世界を堪能してこそ
レールのない世界をまた深めることができるのではないかと、
ということであります。


もう既に次の記事のネタも思いつかないといった事態に陥っているので、
そろそろこの辺りで。。