愛あふれる、
自分の道を歩いているあなたへ


こんばんは、千陽です。


今は「気の向くまま投稿」ですけども(笑)

まだFacebookもInstagramもない
mixi時代に

mixiの日記を一年間、毎日休まずに
書いていたときがありました。


一年間続けるぞ!

と決めて宣言して。


そのころの私は

自分のことを
いつも三日坊主、何事も続かない人間
と見ていましたから

「一年間、1日も休まず続ける」
ということが本当にできないのか
確認してみたかったし
(実験みたいなものですね)

もし、続けられた暁には
そんな自分に自信を持ちたい
とも思っていたんだと思います。


結果的に
一年間1日も休まずに続けられ、

私にもできた!
と少しは自信にはなりましたが、

今振り返ると
得られたものはそれだけではなかったなあ
と思うのです。



日々の中からなにかしらネタを探して
という感じで始まりましたが、
毎日のことです。
毎日特別なことを探してられません。

だんだんと
「ネタを探す」
というより
「なんでもネタにした」「ネタになった」
のいう感じになりました。


そして、
毎日のことだから
書くにも
そんなに時間もかけてられません。

ほどほど
八割完成でやっていきました。

ただ、
出来事だけ書いたって
書く方も読む方も楽しくないので
必ず感じたことや気づきも含め
最後はなにかしらオチがつくようにしながら。


八割完成でも
毎日スッキリした気持ちになっていましたし、
今思うと
気持ちだけでなく
頭のなかもスッキリ整理されていたし、
書いてその都度、頭をクリアにすることで
また新しい出来事、見方、気づきがあったと思います。
(出して入ってくる。循環ですね)


もしかしたら、
毎日続けた自信より
こっちの方が
私にとってはメリットがあったようにも
感じました。


今でもよくありますが
1つ残らず書こう、表現しよう
と思うと
肩に力が入って、
思いはどんどん重くなり…💧
それとともに筆も重くなり…💧

気づくと
書きたいことがいっぱいあるのに
筆が進まず
頭もパンパン🌋

悪循環…

に最近なってきたので
昔、毎日続けたときのことを
思い出してみた
というわけです。



あとは
1日も休まず完璧に続けたことで
あの時、完璧主義を手放すことができた
と感じています。

それまでは
1日でも途切れると

ああ、やっぱりダメだった
続けられない…

そこですべて止めてしまっていたんです。


それが
きっとこの体験をもとに
完璧主義への執着がなくなったのかも、と。


1日できなくても
また始めればいい

もちろん、
1日も抜けがなく
できることは素晴らしい。

だけど、
それだけが素晴らしいんじゃなくて
抜けても
「また始められること」
「断続して長く続けられること」
もまた
とても価値あることではないかと
思えるようになりました。


その価値観の変化も
私にとっては
大きなことだったんだなー
と今では思います。



うまい伝え方、
文の構成とかを考えると
とたんに筆が止まります。

私は
そうやって書くタイプではなかった(笑)



八割表現でも
なにかは伝わるものがあるでしょう。
受け手の受け止め方もあるでしょう。

完璧を手放して。


思いがけなく振り返って
自分にとって
心地よい表現方法に気づくことができたので、

表現欲を満たしてあげることも
自分を大切にすることだよね❤️



自分にとっての心地よい表現方法も
また人それぞれだと思います。

今はいろんなツールがあるので
実験と思ってやってみると
いろんな発見があるんじゃないかなー✨


今日も
どんな道でも
自分の道を歩いてる。


大丈夫、大丈夫。


あなたの
みんなの 命と魂に
ありがとう。