蝉しぐれ (文春文庫)/藤沢 周平
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 私は、“力”にただ手をこまねいて流されていく、ということが生理的に嫌いなようです

 そのことが幸福に繋がるなら兎も角、不幸になるのがわかっていて避けようとしないのには嫌悪感すら覚えます

 読み手という物語を俯瞰する立場にいると、登場人物が間違った判断や行動をする場面によく出会います

 読み手には大勢が見えるので、自ら窮地や不幸に突っ込んでいくのを見ているとハラハラしたり苛立ったり、「お前は阿呆か!?」と叫びたくなります

 それはその行動に必然性がなく、私にはもっと上手いやり方もあると感じられるからです

 つまり、そういう感情を起こさせるような話の運びは二流だということでしょう


 今回ご紹介する『蝉しぐれ』も、“力”に流される人々が描かれています

 しかし今回、嫌悪感は感じませんでした

 あるのは、思うに任せない理不尽な運命への悲哀

 権力争いに巻き込まれる形で不遇の身の上となった主人公の、清く正しく誠実な生き方と覚悟は地に足が着いており、為す術もなく流されたのではないと納得できます

 結果は“力”に流されたのだとしても、単にそこにいるのではなく、深慮遠謀とは言い過ぎにしても、主人公の考えや覚悟がありました

 それが主人公の行動にも苦労にも説得力を与えており、運命の弄ばれる有象無象の物語ではなく、一人の男の成長の記録たらしめているのだと思います

 そういうスタンスでいる人に、起死回生のチャンスが巡ってくるのも必然で、少しも無理が感じられず、むしろ爽やかです

 私がこう感じるのは、設定の細やかさ、筆者の筆力、描写力が抜きん出て優れているからに違いありません

 本当に一流の物語を読んでいるという手応えがありました


 この作品は、文春文庫「いい男の35冊フェア」のラインナップに含まれています

 主人公・文四郎は確かにいい男なのかもしれません

 私的には、いい男というよりは、綺麗な生き方をする人、という印象です

 心が洗われるような清冽な作品

 是非この機会に読んでみてください


 因みに、この作品を私に薦めてくださったのは、私の師匠です

 いい男です♪