センセイの鞄 (文春文庫)/川上 弘美
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 このお話は、ツキコさんとセンセイの、淡くて静かな恋のお話です

 恋のお話なので、ジャンルは恋愛小説ということになりますが、恋愛、という言葉より、恋、という響きがよく似合うと個人的に思っています

 同じ恋という漢字ですが、「レン」と発音するのか、「こい」と読むのかでイメージが随分変わりますね

 「レン」というと感情の振幅が大きい感じがしますし、「こい」と読んだときは心密かな感じがします

 恋という字の古い書き方の「戀」という字は「いと(糸)しい、いと(糸)しいと言う心」と分解することができます

 まさにそんな感じに心が動いていくお話です


 37歳独身女性のツキコさんと高校時代の国語教師であるセンセイは、駅前の飲み屋で再会します

 同じ店の常連客同士という間柄から、二人の交友は淡々と深まっていきます

 お互いの前に現れた異性の存在を機に、ツキコさんのセンセイに対する思慕は募っていき、やがてセンセイはツキコさんの想いを受け入れて、二人の恋は結実します

 簡単に書くとこれだけのことだけれど、そうなる間には、嫉妬もし、葛藤もし、センセイのはぐらかしにあって悶々とし、紆余曲折ありました

 他の男性からのアプローチを受けながらも、センセイのことをふと思い浮かべたり、比べたりしたこともありました

 単純にストレートに飛び込んでいけないことも。。。

 しかしそんな素直じゃないツキコさんをセンセイは大人の余裕をもって受け止めてくれたのです


 物語後半、ツキコさんは「センセイ、好き」と何度も言います

 その言葉に切なさを感じます

 今、伝えておかなくては、という想い

 言わずにおれない切実さ

 心から溢れてくる気持ち

 恋の終わりを、死を予感させる、刹那さ


 それに対してセンセイは「ツキコさんはいい子ですね」とツキコさんの頭を撫でます

 抱擁ではなくて、キスではなくて、頭を撫でる

 「愛してる」ではなく、「好き」でもなく、「いい子」

 そういう子ども扱いの心地よさ

 包容力

 許されている感じ


 静かで、温かくて、優しい、素敵な恋だと、読み終わって思い、ちょっと泣きました