大切な人を失っても
全く悲しくないのなら
人間である
意味ってあるのか
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『苦しいことは
なるべく避けて…』
『楽しいことだけ
あればいいのに』
そう思って
生きていた時期がありました。
『苦』を感じないようにするには
目の前に起こる事象を
極限にまで『客観視』して
自分とは別世界の出来事のように
視覚的に『映る』ものの
何も感じなければいい。
五感は『苦』生むし
『愛』や『執着』
『老い』や『死』も
すべて
『苦』につながります。
『苦』を感じたくなければ
それらを意識しない
究極の『傍観力』を身に付ければいい。
『悲しみ』や『怒り』を含めた
『苦』のない世界
同時に
『楽しみ』や『喜び』もない
何もない世界
でもそれって
生きてる意味ある![]()
目の前の事象に
体中が歓喜したり
どん底まで
打ちひしがれたり
自分を見つめて
志を期したり
人の役に立てたことを
誇りに想ったり
そんなふうに
ときには笑い
ときには涙しながら
1つ1つを自分の糧にして
またひと回り成長して
納得できる自分にする方が
よっぽど 人間らしい。
『不安』や『心配』ってのは
『苦』の原因になり得るんだけど
人間ならばあって当然で
むしろ
『苦』を『苦』と感じるから
『人間』![]()
『苦』を『苦』としてではなく
自分の成長の糧として
受け止められたら
とても素晴らしいんだけど
『苦』を感じてしまう心は
やっぱり人の中にあるから
それはそれで
生きてる証拠だし
成長の余白が
あるってことだし
無理やり滅するのは
やっぱり大変だし
『苦』は『苦』として
自然とそこにあるモノとして捉え
『苦』を感じている
自分の感情に気づいて
うまく付き合っていくのが
一番得策かも![]()
あるがままに
ありのままに
あなたは
十分に素晴らしいのだから



