115系三昧 | 信州の平成すちゃらか社員 今日の出来事
2018-01-14 00:10:13

115系三昧

テーマ:ブログ

ここ数ヶ月ブログ更新している余裕がない状態でした。(休みが人より少ないというのが一番の理由ですが)

昨年末はそれなりのネタがあったので、それもチラッと触れておきましょう。

351系スーパーあずさが減り、353系の運用が始まる前にすずらんの里へ記録しに行った時の青柳でのシーン。偶然中線に257系が止まっているのが見えたので寄ってみたらこういうシーンに出くわしました。定期あずさが通過した後に回送が発車して行きました。

 

そして、12月30日は沿線や各駅で大騒ぎとなったネタ。

今年の1月、もうすぐ引退となる八トタM50編成のあずさ色の189系が臨時あずさ87号に充当され、最後の花道となるであろう光景に各駅では相当の人出が。塩尻は停車時間があった為か、他の駅よりも多かったようで。

翌日は長ナノN102編成の臨時あずさ87号が運転されました。

こちらは前日に比べ記録に来た人はわずかでした。

 

大晦日から2日まで普通に仕事して、3・4日は休みとはいえ年賀状の作成もさることながら今までの疲れもあり、新潟遠征も控えてたので大人しくしてました。翌日1日仕事する為に飛び石連休。他の人は4日や5日の連休。それを考えると事あるごとに貧乏くじを引かされる。

毎度のごとく夜中の移動となるので準備出来次第の出発。ちと寒さが厳しい。途中-7℃という表示が至る所で見られたが、牟礼付近では-13℃という表示。ここまでくると暖房の効きも悪い。

 

昨年同様上越妙高駅で切符を買ってから筒石へ移動する。この時点で妙高高原あたりから雪が降ったり止んだり。切符を買うまでの間仮眠。5時半過ぎに切符を買って筒石へ向かうが、うっかり道間違えてナビ通りに進んだらとんでもなく遠回り。以前からなんでこんなに距離がある案内出てたのかがようやくわかったが、山道のような細い道で集落を結んでいる地域で、この道をナビしていたことが分かった。実際はわかっていたので最短ルートを通っていたが、遠回りしたら山を回り込むような感じであった。さらに、抜け道はなく、迷ったら行き止まりというオチ。暗いうえに土地勘がない状態はさすがにナビがないと無理な状況であった。が、ナビも過信しすぎるとドツボにはまるので要注意。

 

その為に筒石には予定より15分程遅れて到着。予定していた列車に乗る前に入場券を買おうと思ったら、以前より窓口が開く時間が遅くなっていて、乗車ギリギリに入場券を購入することになる。まぁ、列車にはギリギリ間に合いました。

 

日本海ヒスイラインの気動車も朝の時間は2両運転。通常は単行のワンマン運転である。イベント用の車両も定期運用される。そして、今回初めて妙高はねうまラインに乗る。今までこの区間は信越線から転換された後1度も乗っていないのであった。

 

今回の目的は廃止される新井快速の乗車。昨年は糸魚川快速であった。昨年は485系が限界に来ていた関係から糸魚川快速が廃止され、今度は115系の運用の関係から新井快速の廃止が決まった。115系の全廃まではまだ時間があるようだが次から次へと快速が廃止される。この近辺では115系の快速はこの新井快速としなの鉄道の快速のみ。高崎地区の115系も2ヶ月程で引退となるらしいので、そうなると115系が運用されるのは東日本では新潟としなの鉄道のみとなる。

 

新井へ着き、目にした115系は…

なんとリバイバルカラーの1次新潟色。JR化後新潟支社で115系と気動車に採用した塗装。現在でも新津のキハ40系で見られるが、115系に関してはJEF塗装の2次新潟色に変更されて消滅している。なので、約20年ぶりの復活となる。

考えてみたらET127の写真は1枚も記録していなかった。観察していると結構な割合でラッピングされている。

そして、新井快速で一路新潟へ。115系の飛ばしっぷりがたまらない。唸るモーター音も時期に聞き納めになるであろう。

新潟に着き、乗ってきた新井快速の写真を収める。側面がようやくそれなりに見える程度。

 

現美新幹線を記録する為に燕三条へ向かう。新幹線での移動となるが、Maxときに乗車することになる。実はMaxに乗った事がないので初乗車となるが、これも引退まで2年程となった。余程の事がなければこれが最初で最後の乗車となるだろう。

Maxだけでなく、先に引退した長野新幹線E2系の後輩にあたるE2系1000番代も時間の問題なので、こちらも記録しておく。足元の案内表示もいずれ近い将来変わる。これも記録しておく。

 

燕三条まではわずか20分弱。着いて驚いたのが何もない上、柱が思いっきり邪魔。これは想定外であった。今更変更するわけにもいかず、進入するところの1発勝負となる。

ホーム上には売店もない。隣の新潟や長岡と比べるとずいぶん寂しいものであるが、利用者数を考えるとやむなしなのか。

やってきた現美新幹線。各車輌ごとにデザインが違うのだが、この位置からの撮影はこれが限界。これは次に別の場所でリベンジする事になった。

 

燕三条から初めて弥彦線に乗る。新幹線接続駅ながら列車の本数が少ない。これは佐久平や飯山みたいに在来線が先にある超ローカル線の典型例。しかも、その先の接続もあまりよろしくない。これは仕方がないといえばそれまでだが、意外にも全体的に利便性の悪さが目立つ。こんなに不便な本数しかないというのも、それだけ利用者がいないという現実なのか。

 

東三条から信越線で新潟へ戻るが、本当は越後線で出たかったが、本数がなさ過ぎて新潟へまともに着けない。泣く泣く信越線を選択することにした。

新津の気動車も新型への置き換えが本格的に始まろうとしているので、在来車両もいよいよ数年で引退のようだ。

東三条からの列車は115系の6連で越後線直通列車。この列車は3次新潟色の青系統の塗装。

懐かしの新潟色といわれる70系時代の復刻塗装編成が見たいところだが、どこにいるのかさっぱり見当もつかず。リサーチしている余裕もないので、新潟で待つ間か帰りの新井快速への充当を期待するが…

 

越後石山から新ニイを観察していると、さつまいもと言われる懐かしの新潟色を確認。新井快速への充当を期待するが…

はまなす色の653系や235系も見えた。

 

新潟へ着き、真っ先に目に見えたのは青い653系。なんか西日本の413系や475系系統の末期色にも見えなくはない。

このいなほのマークは普通に写真に写りにくい。かなり暗くしないと見えない。

 

2便目の新井快速まで115系を観察することに。すると…

朝の新井快速がもう一度新井快速に。マジかよと思ったが。これは新井到着後すぐに新潟へ折り返してくる。

 

越後線の列車に115系が多いのは承知していたが、さつまいもは見えず。残り1本のキムワイプも見れた。

 

115系同士で撮りたかったが、素人にはごまかせるか。キハ40系で代用。

でもライトの位置や塗装が微妙に違うのね。

 

で、帰りに乗る2本目の新井快速は残念ながら青の3次新潟色。さつまいもはまともに記録できそうもないと思った。

が、それが覆ることになろうとは予想もしていなかった。

 

新井で折り返し直江津行きとして115系の中で待つ。その時の車掌さんがずいぶん親切な対応をしてくれたので、せっかくなので売り上げに貢献と思い、補充券の発行をお願いする。

補充券にもいろいろあるが、えちごトキめき鉄道ではこのタイプ。筒石と二本木では大人と子供のペア入場券が新たに発売されるようになったが、これは特徴のある両駅に限られているようだ。JR時代では筒石が積極的にそういうことをしていたと思うが、二本木は何もなかった。会社間の違いもあっただろうが、それだけ人気に開きもあった。

 

直江津へ着き、暇つぶしにほくほく線の列車で犀潟まで往復乗車する。以前同線の単行運転の列車を見たことがなかったが、特急はくたかの廃止で節約の為か、いつの間にか設定されているようだ。まぁ、乗車率を考えれば止む無しというところだろうが。折返しは2両だったが、ゆめぞら車両を連結していた。次に乗車する際はトンネル内の演出を見てみたいものだ。

直江津へ戻ってよくよく見ると…

いたー!さつまいもの旧新潟色の編成。明日の運用があるのは間違いないが、長岡快速に入るのか、新井快速に入るのかがわからない。明日の朝直江津で記録することとして筒石へ戻る。この時点で翌日の予定を変更とした。

日本海ひすいラインの快速で糸魚川へ一旦行き、最終で筒石へ戻る。この区間でディーゼルの快速に乗るのは初であるが、軽快な走りである。

大糸線のキハ120が肩身が狭そうに4番線で留置されている。以前はこの場所のホーム留置がなかったので、JR車に対しては色々と変更が出ているようだ。それはあいの風とやま鉄道の413系も同じようで、こちらは姿が見えない。引退したキハ52も往時をしのんでいるが、いすみ鉄道で運行中のキハ52の調子が悪いらしく、いつ引退してもおかしくない状況になりつつあるようだ。そろそろ限界かもしれないな。

最終はイベント用の車両。これで筒石へ戻る。降りる際に最終だが大丈夫かと運転士に聞かれたが、どう見ても地元民でない人間が最終で筒石に降りるなんてのは稀だからだろう。大丈夫の旨を伝え列車を見送る。以前と違って変更になったのか、係員がいない。以前は窓口が閉まっていてもホームには出向いていたが、夜間はそれを廃止にしたのか完全に無人の状態になっていた。まぁ、JR時代と違い訪れる人も極端に少なくなった影響もあるのだろう。

 

筒石を後にし、二本木へ向かうがその前に買い出しへ。この時点で昼以降何も口にしていない。まぁ、こんなことは今に始まったことではないが。24時間営業の直江津のナルスで買い物をするが、時間帯が時間帯なのでメニューは限られる。ついでに新潟にしかないサラダホープの購入も目的ではあるので。

 

二本木へ近づくにつれ雪が激しくなってくるが、順調に二本木へ着き仮眠。

 

始発の妙高高原行きに乗るが、意外にもキャリーバッグを持った乗客がそこそこ乗っている。どうやら上越妙高からの1番列車では間に合わないのか、長野から新幹線を利用する為に乗っている感じだ。信越線時代と変わらない感じだが、しなの鉄道北しなの線への乗り継ぎが面倒なだけで不便さはあまりないのだろうか。

 

湘南色のしな鉄115系を記録。日中も牟礼で記録する予定ではあるが、雪まみれのシーンは限られるので。

折返しで直江津へ戻ると、さつまいもは新井快速運用になるのが確定だった。(二本木で色々調べてわかったのだが、事前にリサーチしていればと思ったが、そこまで頭が回ってなかったのでやむなし)

 

せっかくなので朝の直江津での記録。ET127系が幅を利かせるようになった直江津の光景はJR時代と大きく変わっているのを嫌でも実感せざるを得ない。ましてや115系がほとんど見られなくなっている。

昨日乗ってきた新井快速の車両は長岡快速で発車して行き、それを見送った後に新井へ向かう。

 

編成全体の写真は次の機会になるが、それなりの記録ができるだけ御の字である。この編成、昨年末に塗装変更されたばかりのN40編成で、元長ナノN9編成であった。

ブルーのシートが原型を留めていて、現存する115系ではこの編成だけではないかと。ある意味真のリバイバル編成と言っても過言ではない。

 

せっかくなので柏崎まで乗車するが、実はこれがまたラッキーな事に。

 

事前にわかっていれば先回りしているところであったが、リバイバル塗装の2本が並ぶ状態に。これは想定外だったのでこれが限界。

 

折返しの列車で二本木へ向かい、車で牟礼へ向かう。そこでしな鉄115系リバイバルカラーがひとまとめに記録できる絶好のチャンスである。雪もそこそこあるので絵にはなるか。

初代長野色の雪を絡めたシーンは今回が初。JR化された後に登場した時は短大の卒論の材料として軽井沢での記録とその後何気に梓橋で記録した程度しかない。スカ色3連では大月の大雪の時に300番代を記録してるが、1000番代では長ナノC1編成の信越線最後の臨時運用6連しか記録してないので、当然初の記録になる。JRマークがないのが国鉄時代を思い起こさせるが、初代長野色のJRマークがないのは違和感がある。まぁ、これは仕方がないが。

 

時間になり、長ナノへ向かう。351系が早々に解体されているようである。そして、これは仕方がないのだが、何となく鉄対策を兼ねた施設が…

 

訓練線にホームのようなものが作られていて、廃車置き場の記録ができにくくなってしまった。今まではそんなことを考える必要もなかったが、今後はそうもいかなくなる。まぁ、今までの事を考えると、遠からず鉄ヲタ対策も兼ねているだろう。つい最近まで運用されていた351系がこうも簡単に廃棄されるとは…今までバラしに入るまでそれなりの日数がかかっていたのだが、あっさりと解体作業に入っている。旅行会社にいた時に試乗会として大糸線で初めて乗ったのだが、それも遠き思い出。去年のムーンライト信州の乗変失敗したと今更後悔。

場所を変えて記録していると、おいこっとが長ナノへ帰区していく。そして、予想外の列車が…

華がやってきた。団臨で辰野線に入っていたのは知っていたが、全くノーマークだったのでいささか慌てた。

先行試作車の353系はまだ量産化改造が進んでいないらしくバラされた状態で長ナノに入っている。方や廃車解体となる車両との組み合わせも遠巻きながら記録しておく。すると…

飯山リバイバル塗装のキハ110がやってきてこれまた慌てた。これは運用が全く読めないので出たとこ勝負。まさかこのタイミングで撮れるとは。新作の日は側面が全く記録できてなかったのでようやく。

時間的にスカ色の115系もやってくるのが分かっていたのでこれも記録して安茂里へ急ぐ。時間的に混雑が予想され間に合わないかと思ったら意外とスムーズに進み、長ナノから20分ちょっとで移動できた。

 

しなの鉄道に譲渡され、この色が残るかどうかというところであったが、結局残った2代目信州色。新潟へ移動した115系はL99となった4連がいまだに信州色だが、湘南色であったN40は最近さつまいもに、他の車両は3次新潟色に変更されたので、営業運転ではここでしか見られなくなった。

今回は運用がなかったりんごラッピングと沿線キャラクターラッピングは時間の都合でパスした以外、新潟と長野で東日本管内のすべての115系の塗装を記録したことになる。

ちと無理して新潟に行ってきたが、これがタイミング的に最高だったかもしれない。

 

この記録から帰って5日後に新潟地区は大雪となり、信越本線で列車が立ち往生する状況に。15時間駅間で止まったままであったそうだが、現場を最近列車で通過したが、確かに周りは何もない場所であった。1週間ずれていたら帰ってこれなかったかもしれない。引退列車が絡むと白鳥の時も大雪でとんでもない目にあっているし、何かあるのかと思うくらいの状況にはまっていますな。

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