出雲王朝の大王「スサノオ」 | 日本イルミナティ協会

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前回の記事で詳述した通り、ルシファーは「バアル=スサノオ」だが、それは様々な時代と国に現人神として誕生している。


世界で最も有名なスサノオは「イエス・キリスト」と「ガウタマ・シッダールタ」だが、古代日本にも「スサノオ」と呼ばれた人物がいた。




彼のルーツは「イスラエル10支族のガド族+騎馬民族スキタイ」の末裔で、パミール高原から東南アジアの島々を経由して、モンゴルに定住した後に朝鮮半島に南下し、牛頭山から降り立って島根県に渡来した出雲族である。



西暦122年頃、スサノオ(本名:フツシ)は出雲族の族長「フツ」の子として、島根県沼田郷で出生した。


尚、神話は神界(または天体現象)の出来事だが、それが人間界に投影されて、類似したストーリーの歴史が展開されるのである。


また、この古代史は『日月神示』の神と同じ霊統の宇宙神霊アーリオーンの話に基づいて、日本イルミナティ協会の古代史研究班が編纂したものである。


古代史研究班は私と秘書の二人だが、秘書のWebログは最後に紹介する。



西暦143年頃、スサノオ(21歳)は出雲の暴君を暗殺して英雄となった。
(八岐大蛇退治の神話の投影)


西暦157年頃、スサノオ(35歳)は王位を継承し、須佐を拠点に出雲国の大王となり、「須佐の王」と呼ばれるようになった。


当時、九州は日向族の族長のイザナギとイザナミが支配していた。


彼らのルーツはイスラエル2支族のユダヤ人で、日本で出雲族と合流し、人類の進化と繁栄の為に協力して日本を統治する約束だった。


ところが、九州で強大な国を築き始めていた日向族は、出雲族との協力を拒否して、王位継承の証である「十種神宝」を要求してきた。



西暦173年~177頃、スサノオ(51歳~55歳)は騎兵隊を率いて日向国に侵攻した。


出雲族の強大な兵力に恐れをなしたイザナギとイザナミは、娘の「アマテラス」を差し出して同盟を申し出て、アマテラスとスサノオを政略結婚させた。


このアマテラスが現在の天皇家(日向族)の皇祖神「天照大神」であり、『魏志倭人伝』に登場する「卑弥呼」である。


アマテラスにも夫がいたが、当時は一夫一妻制という悪法はなかったので問題はないのだが、「アマテラスの義弟たち」が二人の結婚を猛反対していたという。


アマテラスの義弟たちはカバラの叡知を受け継ぐ呪術師で、日向族の実権を掌握していたという。


彼らはユダヤ人なので、カバラの叡知を受け継ぐ影の権力者といえば、祭司を司る「レビ族」としか考えられない。


スサノオとアマテラスの結婚により、自分たちの権力が危うくなると判断したアマテラスの義弟たちは、「もし婚礼を行うなら後世にまで祟る呪縛をかける」と脅してきた。


しかし、婚礼は実行に移され、スサノオは九州を制覇して出雲王朝と日向王朝を統治する大王となった。


怒り狂ったアマテラスの義弟たちは、出雲の聖地や日本の重要なエネルギースポットを次々と封印して回った。


彼らが日本列島に施した大掛かりな呪術によって、日向族と出雲族の関係は修復不可能なまでにこじれ、現代に至るまで様々な悪影響を及ぼすことになったという。



では、アマテラスの義弟たちとは何者か……。


アーリオーンはその正体を明かしていないが、「タカミムスビ」と呼ばれる人物が日向族の参謀長官だったという。


また、アーリオーンは、アマテラスの先夫の名前も明かしていないが、われわれ研究班はその正体を突き止めている。


結論から言えば、タカミムスビがアマテラスの先夫だったのである。


必然的に、アマテラスの義弟たちとは、タカミムスビの弟たちを指すことになる。


まず、筆頭に挙げられるのが「フトダマ」という人物である。


神話では「天太玉命」という神名で登場するが、彼はタカミムスビの子で忌部氏の祖とされている。


だが、それならタカミムスビが忌部氏の祖とされるはずだが、フトダマが忌部氏の祖とされているのは、実際には弟だったからだと考えるのが自然である。


そして、「義弟たち」というのは忌部氏のことだと断定して間違いないだろう。


その証拠に、アーリオーンは「アマテラスの義弟たちは四国に隠れた」と言っているが、まさに四国は忌部氏の拠点である。


そして、実際に忌部氏は天皇家の祭祀と実権を握っている影の権力、すなわち「裏天皇」なのである。


つづく