こんな世の中でも酒場での出会いなんてものがあるのだろうか?
飲食業、特に酒を出す店の売れ行きが芳しくないとの声を聞く。おりからの不景気と、道路交通法の改正により、人々の足は酒場から遠のいた。名店と呼ばれる店が続々と閉店の憂き目に遭っている。
酒場には、その後の人生に大きく影響する様な出会いがたくさんあると思う。それをみすみす見逃してしまう風潮になってしまったのだから、今時の男女はどこで出会っているのか不思議でならない。
ネットの出会い系サイトが繁盛しているのも、その一端なのか。
酒場には独特な文化がある。それを知っている人生とそうじゃない人生には大きな隔たりがある。酒場でのテクニックは日常の様々な場面で生かされるのだ。人付き合いの高等テクニックは大抵酒場のテクニックに通じている。

皆が酒場に行かないと、酒場の文化は衰退する。そしていずれこの世から酒場が一軒も無くなってしまうんだ。酒場が一軒も無くなってしまうと、世の中は殺伐とした、無粋でつまらないものになっちまう。






酒場の楽しみも色々あるだろうが、俺はもっぱらバー派だ。
毎日の様に色んなバーをハシゴしていた頃、俺の目的はズバリ出会いだった。
もちろん純粋にバーの持つ雰囲気が好きだ、と言うのもあるが、二十歳前後の頃の俺のバー遊びは「出会い」こそ基本だった。
一夜限りのラブ・アフェアを楽しむために酒場を渡り歩いたものだ。
渡り歩くと言っても一晩にせいぜい三軒までだろう。何故ならば、女の子の客が来ないからと言って諦めてすぐに席を立つなんてのは愚か者のする事だからだ。腰を据えてじっくり待つのもテクニックである。何かを期待しながらバーカウンターでゆっくり飲む酒も、色んな想像が楽しめて乙なものだ。

自慢じゃないが俺はスナックやキャバクラの類に行った事が無い。酒場とは違うが、ソープランドにだって行った事が無い。これからも自発的に行く事は無いだろう。友人達は「勉強の為だから」と行く事を奨めたが、お金を払って女の子に相手してもらおうと思っていないのだから行く必要はない。心の無いサービスなど無用だ。女の子の方が俺を必要としてくれればいいだけの話じゃないか、だから俺は自分のために一人、酒を飲みながら誰かを待つ。誰かが俺を必要だと思ってくれることを期待しながら黙々と酒を飲む。

バーとその他の酒場の大きな違いは、優しい空気がただよっているか否か、穏やかであるか否か、と言うことだと思う。
チェーン店の居酒屋や街の赤提灯の様に騒がしくてはいけない。居心地のよさが最優先なのだ。

光度も音楽も控えめで、余計な装飾や無用のかかわりの無いのがいい。
そこで一人で飲んでいると、同じ様に一人でやって来る女の子が必ずいる筈なんだ。大抵は同じ目論見の男ばっかりになってしまうものだが、時として天使が舞い降りることもある。

天使の休息だ。

余計なものに惑わされる事無く、ゆっくりと自分の時間を楽しみたい、そんなささやかな要求に男女の差は無い。
バーで女の子を見つけたら、順序やセオリーを度外視してはいけない。いきなり声を掛けるのは無粋と言うものだろう。一人の時間をたっぷり楽しんだ頃合を見計らって声を掛けるのがベストだ。

しかも、女の子の方から「かまって」サインが出ているかどうかを確認してからじゃないと厄介な事になるからご用心。いきなり声を掛けられて警戒しない女性は居ない。もしそんな女性が居たら、それは相当酔っ払っているか何かだ。まだ自意識がしっかりしている女性なら、「いきなりはダメよ」とばかりに、「かまって欲しいサイン」をちゃんと出す。

目線を合わせよう。何度か目線が合うのであればOKだ。目線を合わせてゆっくり1、2、3・・と時間を数えてみよう。0,5秒くらいで目をそらされて、その後何度トライしても目線が交錯しないのなら諦めた方がいい。彼女はキミに興味が無い。
目線が1秒以上保たれ、その後2度3度と目線を交わす事が出たら上々だ。5秒までもったら確実だ。なるべく早く彼女に接近し、あとは彼女の持ち物なり、飲み物なりから話題に入って、ゆっくり心の扉を開けてあげればいい。






まずは上記の事柄を踏まえながら「目ナンパ」目線を飛ばしてみよう。
たまたま女の子だけのグループが奥のボックスシートで楽しそうに会話をしていた。その中のちょっと気になるコに目線を発射。一人でふらりと立ち寄った女の子ではなかったが、要領は一緒だ。一発で5秒、これは行ける。5秒と言えば殆ど凝視してるのと変わらない。凝視の裏側に何があるのかと言えば、ズバリ「俺への興味」である。

彼女がトイレに入るタイミングを見計らい、俺も同時にトイレに向かおう。

男女それぞれが別になっているパターンのトイレならチャンスも薄いが、たまたまこのバーのトイレは入口が一緒だ。トイレに行くフリをして洗面台の前で待つ。

彼女が出てきた。
「やあ。いつも来るの?」
「うん。えっと・・・ 誰でしたっけ・・・?」
「多分君の知らない人です」
「でもさっきずっと見てたから・・・」
「そうだね。ヒマだったから。俺一人で飲んでるんだ。キミが10分くらい相手をしてくれたら嬉しいな、と思って見てたんだよ」
そんな短い会話で彼女は俺の席の隣に来るんだ。
仲間に二言、三言、まあ、適当な理由を取り繕って席を離れたのだろう。
「仲間、ほったらかしで構わないの?」
「大丈夫です、いつもあんな感じですから」
「何飲んでるの?」
「あたし、スコッチが好きなんですよ。行きつけの店にスコッチの専門店があるんです。そこで味を覚えてからスコッチばっかりで。前はカクテルオンリーだったんですけどね」
「スコッチか。俺がまだ子供の頃、親父が海外に行ってね、そんときにグレンフィディックって酒を買ってきたんだ。親父に内緒でちょっと飲んだんだけど、夢の様な味わいだったなぁ。それから俺もスコッチ好きなんだ。バーボンも美味いけど、上品さで言ったらスコッチの比じゃないかもね」
俺はバーテンにフィディックを注文した。
「今日は何の集まり?」
「いや、何のって訳じゃないんですよ。週末だし、たまには同級生で集まろうかな、って」
「仲良しグループか」
「仲いいですよ、あのコなんかあたしと幼稚園の時から一緒だし」
彼女が指をさす。そのコは大分飲んでいるのか、ゲラゲラ笑いながら何か大声で話していた。
「おにいさんはいつも一人?」
「うん、大抵はね。後から仲間が来るかもしれないけど、今のところは一人だな」
「何やってる人ですか?」
「さーて、何やってる様に見えますか?」
「うーん・・・ 会社員」
「正解」
「え!その髪型で会社員なんですかぁ?あたしギャグのつもりで言ったのに」
「会社に勤めていれば誰だって会社員でしょ? サラリーをもらってれば誰でもリーマン。だから俺も会社員だしリーマンさ」
「怪しい会社なんでしょ?」
「怪しいのは会社じゃなくて俺だけね。他の社員はマトモだから」
「怪しいと上司に受けが悪いんじゃないですか?」
「うん、首の皮一枚でつながっているんだよ」
そんな内容も無い話を続け、俺たちは打ち解けていった。
内容の無い会話の良いところは、終わってしまえば何も残らないという事。内容がこびりついて離れない様な重い会話は、後でトラブルの元になる。だから一過性の使い捨ての会話が流れればいいのだ。
そうは言いつつも、使い捨ての会話なら何でも良い訳ではない。音楽の様に空中に消えてなくなる会話なら、一発の刺激が強い方が良いに決まっている。
注意しよう。刺激は叙々に上げるべきだ。いきなりクライマックスで相手が引いてしまっては元も子もない。
俺はかつて相手を引かせたら日本一と言われていた時期があった。
プール・バーに勤める女性バーテンと仲が良くなり、一緒に遊びに行ったりしていたにもかかわらず、たまたまある日、その女性が止まり木に座っている後ろからオシリの割れ目のあたりにビリヤードの「キュー」をねじ込んだ事があった。俺は冗談のつもりだったのだが、彼女はそれ以来二度と口を聞いてくれなくなってしまった。他の店員達は「西村さん、早まりましたね、やっていい事と悪い事がありますよ」と俺をたしなめた。
またある時、ある女性フリーライターのコと飲む機会があり、散々飲んで酔っ払った挙句、彼女の肩を抱きながら片手で乳を揉み「なあ、トイレでやろうぜぇ。いいだろ?」と絡んでゲームオーバーとなった事もあった。
際どいネタは叙々に上げていかなければ危ない。
なので今回は「もしも」シリーズで攻めてみよう。
「あのさ、もしもこの世が終わりに近付いて、明日死ぬ、ってなったら、何をする?」
「うーん・・・ ケーキ屋さん強盗する」
「なんでケーキ屋さんなの?」
「だって死んじゃうんでしょ?だったら甘いものをたくさん食べてから死にたいもん。ダイエットでガマンしてるから」
「ダイエットしなきゃいけないほど太ってないじゃん、むしろ痩せ型だと思うけどなぁ」
「女の子はね、日々の努力で美しくなるのよ」
「自分で努力してる方だと思う?」
「もちろん。だからほら、あたしの足首って綺麗でしょ?」
彼女は俺の正面に向きなおし、足を高く上げて足首を見せた。スカートが短いので太ももの辺りまで丸見えだ。
アクションが大きくなってきたって事は、大分心を許してる証拠だな。いい感じだ。
こんなふうに彼女のアクションや言動を細かに観察して、今彼女がどこに居るのかを察知しなければならない。
「じゃあさ、もし人類の殆ど全員が死んで、キミともう一人、誰か男が生き残るとする。まるでアダムとイブだな。今この店の中に居る男の中で『人類最後の男』を選ばなきゃダメって言ったら、キミなら誰を選ぶ?もちろんその男とヤラなきゃだめなんだよ。ヤルのを前提に考えてね」
「ヤルって、えっちの事?」
「それ以外にないだろー」
「うー・・・ 答えなきゃダメですかぁ?」
「うん、ダメ」
「じゃあ・・・ ヒデさん」
「チョッと待てよ、『じゃあ』って何だよ、心から『ヒデさんならイイゼ!』って言ってくれなくちゃ面白くないじゃん」
「ごめん!ヒデさんがいいでーす!」
「よし、いいコだ。」
そんなバカ話をしているうちに、俺たちは大分酔っ払ってきた。あまりここで彼女をつないでおくと、他の友達の事が気になるだろう。彼女の心配を予見して仲間のもとに返してあげるのもテクニックの一つだ。
「みんな待ってるからもう席に戻った方がいいんじゃない?」
「まだ大丈夫だよぅ」
「でも、いつまでも俺とくっついてると後で色々言われるよ?」
「そうかなぁ・・・ じゃ、携帯番号の交換しよう。あたしの番号はねぇ・・・」
そんな感じで彼女を席に返す。
ここまでの会話で随分楽しませてもらった、有意義な夜だったじゃないか。電話番号も交換したし。いいコだったな。
いや待て、待て待て、これで終わりじゃないぞ。これからが本番さ。
ファーストコンタクトの時と同じ様に、彼女がトイレに立ったら俺もトイレに行くのだ。そして同じ様に洗面台の前で彼女が出てくるのを待つ。
彼女が出てきた時、最初に目線を飛ばしたのと同じ要領で5秒位じっと見詰め合ってみよう。
彼女が何も言わず目線を外さなかったら、そのまま抱き寄せるのだ。
彼女は素直に俺の腕の中に収まった。小さい肩が、まるで小鳥を抱いた手のひらの感触を思わせる。
彼女の顔を覗き込みキスをした。
よし。上出来だ。キスまで来たら、もう終点にたどり着いたのも同じだ。
「帰るとき言って。送るから」
「うん、わかった」
そして俺は彼女をコートダジュール号に乗せ、ところも分からぬ場所まで適当にドライブし、暗い駐車場を選んでエンジンを止めるのだ・・・


ああ、久しぶりにイイ妄想をした。すっきりしたぜ。


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