山本さんへ
山本さんについて書くのは、これが最後になると思う。
27日にちょっとだけ事務所に顔を出すだろうけど、それは社員証や防寒着や、デジタルカメラを返却に来る、辞表を持ってくるだけの、大した時間じゃないだろう。
山本さん、あなたは不幸な境遇と生い立ちを背負って生きてきた。大切な事を親から教わることが出来なかったのは、確かに不公平だと思う。
だからあなたは今34歳だけど、20歳そこそこの若造と変わるところが無い様に感じるのも致し方ないことなのかも知れない。
あなたは学び方以前に「方法」を身に付けてしまった。まるで、怒られるとすぐ腹を出してカワイイふりをする犬ころみたいに。でも、それが通用するのは、せめて23歳くらい迄なんだ。あなたはそれ以降の処世術を知っていなければいけない年齢になっていたんだ。
同情や哀れみがあなたの味方だった時間は、とっくに終わっていたんだ。
山本さん、社会は多様で、面白い事や気持ちの良い事に満ちている。でもそれは、ジャングルに様々な花が咲き乱れているのと似たようなものなんだ。美しい花々の間には、恐ろしい食虫植物が、あんぐり口を開けて待っていたりもする。
花は選ばなければいけない。
特定の花を選んだら、彼ら彼女らを受粉させる勤勉なミツバチでいなければいけなかったのだ。
それをあろうことか、山本さん、あなたは、魅力的な香りに、誘われてはいけないウツボカズラの胃袋に自ら落ちた。あなたの悲劇的なところは、ウツボカズラの胃袋に落ちたことすら気付かずに、消化液の中でのうのうとしていたことだった。
あなたは消化され、別の生き物の栄養になる。
あなたにとっては一大事かもしれない。でも、広いジャングルはいつも通りの美しいさまを呈して、そこにある。
山本さん。
花を見極めよう。
花を見極めるためには、もっと飛んで、飛ぶ事を、蜜の集め方を、太陽の方向を、危険な植物を、季節を、学ばなくてはいけない。あなたはまるで古いマッキントッシュのコンピューターみたいに、骨董的な価値観しか持っていなかった。
山本さん、俺にはもう出来る事が無いけど、俺が言ってきた事を思い出して。
周りを良く見聞きし、書き残し、反復して読み、咀嚼して様々な事を学んで欲しい。
決して面倒がらず。
勉強だけが唯一、あなたを助けてくれる。
さようなら、山本さん。
にほんブログ村