先生の応接室にはたくさんの地元有力者が集まっており、それぞれが自慢の石をケースから取り出しては見せ合っていた。応接室とは言うが、ここバリ島では大理石の床に直接座るのがスタンダードなスタイルなので、応接室だかどうかは家主にしか分からない。外では雨季の豪雨が、凄まじい音をたてて降り続いている。あまりの凄まじさに、誰かが人工的な装置でアトラクションのつもりで水を落としているのではないか、と思えるほどだ。応接室の向こう側に見える東屋は、もうすっかり水浸しだった。

俺の隣に座った恰幅の良い社長は、デンパサールで中古車販売業をしていると自己紹介すると、自分の事は多くを語らず、それよりもこれを見ろとばかり自分のケースから青い石を取り出して自慢した。

「今日の雨、凄いだろ?俺が神様にお願いしたからだよ。この石が連絡手段だ」

水色の美しい石だった。うっすらと十字のアステリズムが確認された。

「なんで雨を降らせるんですか?」

神様にお願いして雨を降らせるというメカニズムに少しでも疑問とか興味を持てば、話はもっと別の方向に進展したかも知れないけれど、それよりも俺は何故この人は雨を降らせたかったのかを知りたかった。

彼は聞こえては困るとでも言いたげなひそひそ声で、俺の耳元にささやいた。

「商売敵が今日新しい店を出すんだよ。だから、大雨で台無しにしてやりたかったんだ」

これがいわゆるブラックマジックか、と、神様の事や、彼らバリ人のローカルな信仰にひとつの疑問も抱かず、俺はそれを受け入れた。打ち付ける豪雨が、時おりこの部屋の中にまでしぶきを飛ばしてきた。



その後の妙な縁でその石は俺の手元にあって、しかも指輪に加工されている。(デザインして加工したのは俺なのだが)

例の社長は先生と謁見した際、欲をかき過ぎると足元をすくわれる、とアドバイスされた。つまり、商売敵に塩を送るくらいの気概がないと、あなたのこれからの発展は見込めませんよ、安易に相手を貶める様なブラックマジックを使うべきではない、という事だ。我利を諭された社長は、さきの青い石にマントラを唱え、その力で即刻雨を上げた。そして謁見室から出てくるや否や、この石を買ってくれないかと俺に差し出した。

「どうやら俺は、今日を境に生まれ変わらなくちゃいけないらしい」

水道の栓をひねったように雨は上がり、熱帯の太陽が真上から照らすと、東屋の茅葺屋根は急激に熱せられ、もうもうと水蒸気を上げた。




ブラックマジックのためだけに存在する石ではないが、俺はこんな曰くありげな石をたくさんコレクションしている。日頃は瞑想の道具として役立てているのだ。


幽玄です。


http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/show/auctions?userID=jl_padma&u=jl_padma