妻が寝息を立て、それを確認してから静かに布団を抜け出すと、ワインの瓶を抱えてベランダに出た。
何日間か続いていた秋の長雨は今夜になってようやく晴れ渡り、代わりに冬の星座が空いっぱいに輝いていた。
空気は乾き、低い気温が大気の密度を濃くしていた。その影響で星が瞬き、一つ一つの恒星が、惑星が、自分の色をはっきりと発色していた。
東には若干北寄りに傾く穏やかな半月が、ひところの満月さながらに青くまぶしく輝いていた。それは己の周囲に湧き出でる光の泉を伴って空を支配し、時おり無邪気な妖精たちを吐き出していた。寒い季節になればなるほど、月の輝きはダイヤモンドのファイヤーの如く様々なアプローチで俺に迫る。
半月。
この世にあるもの全て、満月新月の強烈な影響を得ているとするなら、半月の今宵は最も穏やかに過ごせる夜だ。
俺はワインのコルクをこじ開け、グラスに注ぐでもなくラッパ飲みに飲んだ。
月を見上げながら飲んだ。
一息に十口ほど、息もしないでいっさん飲んで、瓶から口を離すと呼吸を荒げた。
お月様・・・
どうしても自分の生活に係る些事に惑わされ、しなくてもいい心配を精一杯してしまう俺だが、この星空を、月夜を見上げていると、それもバカバカしい思い過ごしの様に感じられて心が軽くなる。
月は45億年前から黙々と満ち欠けを続けている。顕微鏡で見なければ分らない、バクテリアほどのちっぽけな存在である我々が、どれだけ頑張って突っ張ろうと拳を振り上げようと、月の心の泰然とした穏やかさには敵わないのだ。
それを確認したくて俺は月を見上げるのかも知れない。
月が何も言わないのは、わざわざ答えるほどの決定的な予言など無い、という事じゃないか。
俺もそれにならおうと、決意にならない決意をする。
もう少し飲んでバカみたいに真っ白になったら、それでも妻に気遣いながら布団にもどり、歴史に残る事も無い普通の明日を生きるために寝る。
普通にある今が、普通に来る明日が、いかに幸せでドラマに溢れているのかを、45億年間ずっと同じことを繰り返している月が教えてくれる。


にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ


にほんブログ村