店の奥の喫煙エリアでは、礼儀知らずのバカなローティーンが、バカな単語の羅列をバカな大声で話している。時たま、アマゾンの奥地に生息する不思議な鳴き声を発する猿みたいな声でホワァーッ!ホワァーッ!と笑う。隣の席に土足の足を乗せ、これ以上無くリラックスした姿勢だ。ずり落ちたジーンズから覗くトランクス。バカ話をしながらバカみたいな携帯を操作し続ける。
マクドナルドのハンバーガーを食うなら、店内で食わずにテイクアウトする方がいいのかも知れない。
怖いものなど何も無い、傍若無人な若者に囲まれてメシを食うのは、遠い国の戦場の、激戦地にうず高く積まれた腐乱死体の山に囲まれながら、いつ撃たれるか分からない恐怖を感じながら、生き延びるためにやっと捕獲した蛇をカレー粉で調理して食うのと等しく不愉快な事なんだ。
例えそうだとしても、俺は出来たてホヤホヤのメガテリヤキが食いたくてここに居る。
出来たてのメガテリヤキの甘いソース、そして、さくっと揚げたての塩辛いフライドポテトの食感のアンバランス。それは現場でしか体験できないアトラクションだ。
メガテリヤキに没頭すればいい、バカ猿たちの事は無視すればいい。ずり落ちそうなテリヤキバーガーを包装紙で押さえながら、二口、三口、食ってはみたが、やっぱり集中できない。ムカムカするのだ。目の前の糞ガキ共はヒートアップし、そのうち腕相撲を始めた。勝ったの負けたのと騒いでいる様を見ていると、俺たちもこいつら位の頃は同じ様なものだったのかな、と昔を思い返してみた。たぶん同じ様な事をやってきた筈だ。人類の歴史は「傍若無人なアホな若者と付き合う」歴史なのだろう。それは、例えどんな時代に生まれてきたとしても堪えなければならない試練の様な気がした。
中学一年生の頃、沢田研二が流行っていた。
ジュリーの胸元には剃刀を模ったペンダントが揺れていた。
それがとてもかっこよくて、ヨーカドーのアクセサリー売り場で同じ様なペンダントを買って、それを付けて悦に浸っていた。剃刀のペンダントは美しくて、見ているだけで心がくすぐったかった。
得意満面にペンダントをしていたら、一番タチの悪い先輩に目をつけられ、結局呼び出される事になってしまった。
二つ年上の蛇に睨まれたカエル。俺は冷や汗を流した。汗だくだった。
「てめぇ何メンタン切ってんだ?」
メンタンって言葉が良く分からなかったが、どうやら彼は俺に見られた事をネタに凄んでいるらしかった。
彼が見ているから俺も見ただけだ。
剃刀のペンダントはそんなに罪な事だろうか、彼はそれを指摘したが、どう考えても理不尽に思えた。
「タイマンはろうぜ」
ペンダントが祟り彼の目にとまって分不相応な立場に立たされてしまった。
彼の心のどの部分を刺激したのか分からないが、こうなってしまったからには何とかするしかない。
そこで考えた。彼がここまでして俺と勝負したい理由は何だろう、剃刀のペンダント、目線、ただこればかりの理由で白黒つけたいと思うなら、それを覆すだけの理由があれば、この緊急事態は回避出来るかもしれない、と。
「タイマンはってもいいですけど、その前に腕相撲しませんか?」
「何だって?てめぇはアホか?」
「もし腕相撲で俺に勝ったらタイマンはります。でも、負けたらこれっきりにしてください」
意外にも彼はその申し出を受けてくれた。
そして、予想外に彼は負けた。
助かった、と思った次の瞬間、彼は握った拳とは反対の拳で俺の顔面を殴った。
鼻にヒットした。
鼻血を流しながらうずくまる俺に何度も蹴りを入れて馬乗りになると
「喧嘩は腕力じゃねえ!」
容赦なく頭にパンチを連打した。
頭は彼の拳とアスファルトを往復し、どこかが切れて血が出た。
散々やられた挙句、俺の大切な剃刀のペンダントは彼に取り上げられた。
あの時の事がきっかけで、大切な事を学んだ。
やられたら、例え相手が誰であれ反撃しなければいけない。そうしなければ大切なものを失う。
腕相撲するバカの、あまりの騒ぎっぷりに、俺の我慢は限界に達し、ついに奴らの輪の中に入りしばし睨んでやった。
そして何か言おうと思った次の瞬間
「すみませんでした」
何かあったら暴れてやろうかと構えていたにもかかわらず、すんなりと自分の非を認め大人しくなるバカ共。誰かに言われなきゃ止めないつもりだったのかと、それが余計に腹立たしくて、そばにいた奴の足を蹴った。
奴らは萎縮し、うつむいた。
自分達が何故、俺という恐怖を迎えなければならなかったのか、奴らに理解出来たのか疑問だった。
理不尽なことで痛い目を見ることもある世の中だ。ましてや反社会的な事をすれば痛い目に遭うというイマジネーションに欠けているんだよ、マクドナルドにたむろするバカ共には。