東へ西へ、股旅の生活を続けています。安定はしていませんが、おかげさまでいい暮らしです。毎日が発見の連続で、何故今までこの生活を選ばなかったのか、自分でも不思議です。

たぶん信じてもらえないでしょうけど、この生活をはじめるきっかけになったのは、未来からやって来たある人物のお陰なんです。その人が俺に股旅の生活を勧めた訳ではありません。その人の行ったある行為が、俺を股旅に向かわせたのです。

ごちゃごちゃと尾ひれ背びれを付けるのも趣味じゃないので率直に申し上げますと、未来から年老いた俺がやってきて、俺の所持品を少しずつ盗んでいたのです。ありえないでしょ?未来から自分がやってきて、俺の持ち物を盗むんですよ?そりゃもう激怒ですよ。だから、ある晩待ち伏せて、未来からやって来た俺をとッ捕まえたんです。そして尋ねました。「何故、過去の自分の持ち物を盗むのか」ってね。

そしたら、年老いた俺は悟りきった目で俺を凝視し言いました。

「俺を見よ。若々しい肉体も、それを動かす気力も衰え、いよいよ人生の終点が見えてきた。だから、俺が楽しめるのは過去の甘い思い出に浸ることだけなんだ。それに必要なのが、過去の遺品なのだ」

それは未来の年老いた自分の勝手な言い分です。到底納得できる話ではありません。

ですが、彼は続けてこうも言いました。

「お前はまだ若い。お前くらいの年齢で過去のチョっとした甘い思い出に浸るなんて愚行を犯してはならん。せっかくの時間を、思い出に浸るループでどんどん費やしてしまうじゃないか。俺が思い出を未来に運んでおいてやるから、お前は過去を捨て、今しか出来ない滅茶苦茶をやれ。まともな暮らしをするのが世間並みかも知れないが、お前はそれで満足なのか?」

確かに彼の言う通りでした。何故俺は安定を求めているのか、自分でもよく分かっていなかったんです。それよりもむしろ、心のどこかで、不安定でも冒険に満ちた生活を望んでいた筈だ、と改めて認識したのです。

老いた俺のいうことはもっともでした。このまま生きて、とにかく生きて未来に行けば、未来の俺が俺の思い出の数々をコレクションとして残してくれている、その確約があれば、俺は何でも好きなことが出来るじゃないですか。それを思ったら、それがいかに素晴らしい事であるか、気が付きました。世界広しと言えど、未来に甘美な思い出を保証された人生なんて、そうあるものでもありません。

俺は納得し、未来の自分に生活の全てを差し出し、すっかり無一物となって、着の身着のままヒッチハイクから一歩を切り出しました。

ええ、そこそこ生活は出来ますよ。人は人に支えられて生活し、あるいは人を支えて自らの糧とします。そんなことも、股旅の生活が無ければ認知しなかったでしょうね。




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