俺は仕事の鬼になって、なんでも食う鬼みたいなふうになって、夜の10時だと言うのに強気な飛び込み営業を続行していた。

無機質に、次から次へと、ばっさばっさと斬り捨てるマシンガントークで「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」「やりませんか」と、血走った目ン玉ひんむいて地主にマンション建設を訴えるのだ。

ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、もうヘトヘトだ。

簡単にマンションなんか売れるわけ無いだろ、何億円もするんだから。それに「やりませんか」で、たなびく地主など何処に居る。

頭の中が真っ白になっていた。

次の見込み客が見つからない俺は明らかに焦っていた。

そんな、なんでも食いつく「ダボハゼ営業」では、当然好い結果なんか望めない。

深夜零時、これではきりが無いから、けりをつけて帰ることにした。

空っぽになってゾンビみたいに家路を辿った。

途中、カラバイ(交通機動隊ではない警察官が乗る、カラスの如く黒い原動機付き自転車の事)を追い越したのは解っていた。

交番前の赤信号で停車し、蛍光灯だけが淡く光る無人の交番を眺めた。バイクを盗まれた時、ここに盗難届けを出したっけ。


「出てきたら連絡します」

探してくれないのかよ、俺は警察官に食って掛かった。

「バイクは自転車と同じ扱いになるんです。自動車だったら探しますがバイクは探さないんですよ」

俺のバイクは人気車種だから、そこらへんに放置された状態で見つかる訳など無い。

バイクが戻ってくるのを諦めた場所、嫌なことを思い出させる交番だ。

歩行者信号が点滅している。

俺はするすると車を出した。












しばらく走って陸橋を超え、次の赤信号で止まっていたら、先ほどのカラバイが横に並び、俺の車の窓を叩いている。

「なんですか?」

「運転手さん、今信号無視したでしょ」













仕事仕事で前の晩が遅くても、たとえ面倒でも、無理にでも早起きをしなければなりません。

そうなると最高に眠いんです。

でも、起きなければ会社に遅刻します。

一分でも会社に遅刻をしたら恐ろしいペナルティが待っています。 100ページもの営業トーク集を一字一句間違えず、全て暗誦出来るまで、鍵の掛かった地下倉庫から出してくれません。たとえ夜中の3時になろうと、特例はありません。それがわが身に降りかかるのは、良い事ではありません。

なので我慢して早起きをしますが、会社では、もう、眠くて眠くて、仕方が無いんです。

それですら不快なのに、朝一番で聞きたくも無い支店長の怒鳴り声を聞かなければならないんです。支店長、何故そんなに吼えるのですか。 精神論を振りかざす事に何か意味でもあるのですか。

毎朝進捗会議の度に「お前、ホントは辞めようとか思ってるんじゃねぇか?」と言われ続け、何故そこまで追い込まれなければならないのかと幾重にも輪をかけて不快になる俺ですが、昨日あるきっかけがあって、こう思いました。
たぶん、人生は貴重です。どうやったら一日を上手く切り抜ける事が出来るか、そればかり考えて生活するのでは、本当に正直に人生を生きていない事になるのではないか、と。





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どうやら眠ってしまったようです。

今、パソコンの前で目が覚めました。

鏡を見たら、顔にキーボードの跡がくっきりと残っています。

まだまだ足りないと自覚したのは、昨日の夜、主任から電話を頂いた事がきっかけでした。

「西村さん、契約後の入金、あったんでしょ?」

「はい、ありがとうございます!」

「ありがとうございますじゃねえよ!!」

主任は成績の上がらない2課の課長で、俺は2課の課員でした。 「でした」と言うのは、三ヶ月の無実績が続き、課長から主任へ格下げになってしまったからです。

2課の元課長、つまり今の主任には大変お世話になりました。難しい案件を抱える俺に、とことん付き合ってくれました。

融資が付かないお客様に融資を付けようと、一緒になって何行もの銀行を探してくれました。

なんとか銀行を見つけ、融資は付くようになったのですが、お客様自身が難しい人で、あれやこれや難題を吹っかけて来たのです。それを丁寧に、ひとつひとつ解決してくれたのも課長でした。

紆余曲折を経て、昨日の朝、金融担当のセクションから入金があった事が伝えられました。

関係するセクションに入金を伝え、それで業務は全て終了した、とホッとしていたのです。

気が緩んで肝心な事を忘れていました。

主任にお礼を言い忘れていたのです。







「礼を欠く、と言う事は、社会人として以前に人として失格だ、そういう気が回らないという事が一事が万事で仕事内容にも反映されるんだぞ、この仕事は何でもかんでも自分ひとりでこなさなきゃならないんだ、でも無理だろ?ひとりで全部出来るか?だから色んな人の助けを頂いて、初めて一つの成果を挙げることが出来るんだぞ、なのに、世話になった人にありがとうの一言も無ければ報告すら無いんじゃ、次から誰も手伝ってくれないぞ?いいのか?それでいいと思っているならこの会社は勤まらないぞ?何もこの会社にしがみついていなくったって良いんだぞ?なんで俺が電話しなきゃお礼のひと言も言えないんだよ、このカス!」



30分に渡って説教された俺は、そこではたと気付いたのです。



 自分は今日という日を「やり過ごそう」としているだけではないか?



タイムカードを押して、定時から定時まで会社に居ればいいサラリーマンとは訳が違うのです。誰からも言われず自発的に動き、自分で発想して動いて成果を挙げるのが仕事というものです。

それなにの、なんとか一日を過ごして、早く家に帰りたいな、お休みが欲しいな、と思っているばかりではサラリーマン根性丸出しではありませんか。









メールを打ちました。



「今、主任に教えられて気が付きました。

自分はいっぱいいっぱいで周りが見えていません。でも、それなりにがむしゃらになって這いずりまわって頑張っているつもりでした。しかし、それは飽くまでも「つもり」でしかなかったのです。

まだどこかで「やらされている」感覚が残っていたのに違いありません。

恥ずかしいのもありますが、それ以上に自分が情けない、悔しい気持ちでいっぱいで、久しぶりに泣きました。

他の誰も教えてくれない事を教えて頂き、有難うございます。

融資の件だけでなく、何も出来ない私に、たくさんの事を教えて頂き、ありがとうございます。

なのに一言のお礼も無くのうのうと過ごしてきた自分が甲斐性なしに思えてなりません。

主任の言葉で気付きました。










私は










Re:




もう二度と、主任から叱られない様、頂いた言葉は忘れません。

昨日までの私にさようならです end








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