ゆっくり朝寝をして、ヒッピーみたいな気ままな午前中。本来なら義父たちとの会食が予定されていたが、急遽、義父の都合でお流れになった。
その日の予定がすっぽりと空いた。
「日光、行く?」
台所仕事をする妻に、いつまでも布団の上でゴロゴロしながら問い掛けた。いつもの如く思いつきで予定を埋めようとする俺に、妻はため息をつき
「そういうことは、もっと早くから計画をたてんと、いけんのとちゃうん?」
と、これもまたいつもの様に反論した。
「・・・だいたい、日光までどのくらい掛かるん?」
「さあな、たぶん2時間は掛からないだろうな」
妻は少し考え、それに対する反応を保留し、台所仕事を切り上げると化粧を始めた。化粧しながら「今から出たらお昼かぶるよ。どうする?」と、半ば行くつもりになっている様だった。1時前には着くから、現地で湯葉でも食べよう、まあ、腹が減ったら減ったで行き当たりばったりのうまいものがあると思うよ、たぶん。
妻がまた、ため息をついた。
日光口というサービスエリアには数種類の生蕎麦メニューがあり、俺たちはせいろを食べた。これが実に美味かった。ならば今度は汁蕎麦を食べてみよう、と、一食を食べたのにまた食券を買って、そしたら出てきた汁蕎麦は生蕎麦とは違う、シマダヤの流水麺みたいな麺だったから大いにガッカリした。生蕎麦対応の汁蕎麦と、そうでない普通の汁蕎麦があるのを知らず、闇雲に注文した結果である。いつもながらキチンと下調べをしないから、いつもながら期待外れを呼んでしまう。
「まあ、帰りに改めて食べればええが」
いつも我が思いつきを非難する妻が、このときは妙に寛容だった。
mixiを辞めた率直な理由は、妻に心配を掛けたくない、ということだ。
不特定多数の人々との交流、とりわけ女性との交流が、妻に不必要なストレスを及ぼす。
もし俺が独身で、なおかつ特別な恋人らしきひとも居ないとなれば何の問題も無いかもしれない。だが、俺の境遇はそうじゃない、守るべき大切な妻がいる。彼女の知らないところで、俺がたくさんの女性との交流を保っていたら、妻は精神的に参ってしまうだろう、それがmixi退会の唯一の理由であり、それ以外の理由は無い。
俺は妻を愛している。彼女にはいつまでも安寧な環境に居てほしい。
東照宮一帯を拝観し、鳴龍に感動した。
金谷ホテルでアフタヌーンティーを楽しんだ。
それらはなかなかの充実した午後だった。
妻は、ケーキで満腹になったから帰りに汁蕎麦は食べられない、と言った。いいよ、俺、食うから、でも試しに一口だけ食べてみれば?
上り車線の日光口サービスエリアで生蕎麦の汁蕎麦をひとつ注文し、ふたりで食べた。期待以上の素晴らしい味わいに、妻は一口と言わずしっかり食べた。
「おいしいと満腹でも食べてしまうなあ」
